あれから17年後

[一部]17年後の再会ーーーー



携帯の着信音が響いた。

画面の表示を見る。

 「やれやれ……」

ボタンを押すと威勢の良い声が耳に飛び込んで来た。

 「戻ってるなら連絡くらい頂戴よっ!!
 全く……、相変わらずなんだから」

 「………ウス」

 「あ、今なんで日本に居るの知ってんだって思ったでしょ」

 「や…、別に」

 「私の情報網を甘くみないでね
 伊達に8年も週刊バスケットボールの記者やってるわけじゃないのよ」

電話の相手―――

そう、元湘北バスケ部マネージャーの彩子だ。

彼女とは同じ中学出身という事もあり
渡米後も多少の行き来がある。
大学を卒業後、1度はOLになったものの
大好きなバスケを忘れられず今の仕事に転職。
現・編集長、相田弥生を心から尊敬している。

 「今晩、空けときなさい 飲むわよっ!!!
 場所は後でメールするから
 じゃ、ゴメン 今から1つ取材入ってるの」

慌しく会話が終わる。




 「ちょっと出て来る…
 メシ、いらねー」

妻に声を掛けて、暗くなり始める街に出た。

彩子から送られて来た画面を見ながら繁華街を歩く。

大通りから道1本奥に入ったところにその店はあった。

約束の時間より少し早く着いてしまったようだが
構わず中へ入る事にする。

引き戸を開けるとすぐ横に生け簀があり
純和風の落ち着いた空間が広がっていた。

厨房をL字に囲むカウンター席
4人掛けのテーブル席が3つ
奥には座敷もあるようだ。

案の定、店内に彩子の姿はない。

戸口に立ち止まったままの長身の男に
何人かの客の視線が集まる。

 「待ってたぞ、流川」

突然、厨房から声が掛かった。

 「ん?」

 「久し振りだな、元気だったか」

 「……あんた、陵南の魚住さん?」

ビッグジュン……

確か、そんなあだ名で呼ばれていた。

身長202cm、体重90kg
陵南バスケ部史上屈指の名センター

実際に彼と闘ったのは数える程だが
リング下での圧倒的な存在感は強く印象に残っている。

今はどこから見ても一介の料理人だが……。




仲居をする魚住の妻に勧められカウンター席に腰掛けると
目の前にドンッと中ジョッキと付だしが置かれた。

 「彩子さんは少し遅れるそうだ
 飲めるんだろ?
 遠慮するな、俺の奢りだ」

軽く会釈してジョッキに口を付ける。

職業柄、深酒は避けているが決して弱い方ではない。

飲むと普段より少し口数が増えるらしく
チームメイトから「Kaedeは飲むとNice Guyになる」と
ジョークを言われたりする。

 「彼女、よくここに?」

 「あぁ
 …たまに取材でも使ってくれる」

 「へぇ…」

話しながら魚住は手際良い動きで注文の品々を完成させていく。

ふと、山王戦で見せた見事な桂剥きが蘇る。

 「ゴ……、赤木さんとは会うことあるんですか?」

一応、敬語を使う事にした。

 「あぁ、時々店に愚痴りに来る
 アイツも深体大のコーチになってから
 色々あるんだろうな」

深体大のコーチ……

そういえば妻がそんな事を言っていた気もする。
交友関係は全て彼女に任せきりなのだ。

 「魚住さんは、もうやってないんですか?…バスケ」

 「いや……今、ミニバスの監督をしている」

 「へぇ~~」

 「うちのガキが…、メンバーにいるんでな
 ……ちょっと見てやってる」

巨体が照れている。

 「………いいな、それ」

 「そうか?」

 「ええ…」

1歳になったばかりの息子の顔が浮かんだ。

姉が転がすバスケットボールを夢中で追い掛ける姿に
こいつもひょっとしたら将来
自分と同じ道を進むのだろうか…、と思う。
もしそうなったら、自分は息子にどんな事を伝えられるんだろう…。

改めて厨房の魚住を仰ぎ見た。

 「これ、美味いっすね
 …やっぱり和食はいい」

付だしをつまみながら
僅かに言葉がスムーズになって来た事に気付く。

目の前のジョッキは空になっていた。
アルコールとは実に不思議な液体である。

 「向こうじゃあれか、バター臭い料理ばかりか」

 「……や、そんな事ないっすよ
 嫁さん、和食党だし…」

 「ほぉ~~、料理上手なのか?」

 「……えぇ、まぁ」

 「そりゃいい」

2杯目のジョッキが置かれる。

 「これは、奢りじゃねーぞ」

 「はい…」

今夜の酒は美味くなりそうな予感がする。

その時ガラガラと引き戸が開いた。

 「わるいわるい 遅くなったーーーっ」

勢い良く彩子が入って来る。

その後ろには何人かの懐かしい顔があった。


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