あれから17年後


ここは大阪某区の繁華街。

夜の8時半をまわり
店内の混雑が一段落した頃に、その男はやって来た。

スリムな長身に栗色のストレートヘアが人目を引く。

 「おーい、こっちや」

声がした方を振り返るその男、土屋 淳…

笑うと更に小さくなる瞳が愛らしい。

 「なんや岸本、お前も来とったんか」

席に着くなり土屋は澄ました顔で言った。

 「おぃ、久々のご対面ゆうのにずいぶんな挨拶やないけ」

 「そーか?……しかし
 いつ見ても似合わんな
 お前の、その七三」

それを聞いて、南が吹き出した。

 「放っとけっ
 今流行りのリーマンヘアや!!
 そっちこそイイ歳してキューティクルキラキラさせやがって!!」

 「別に、特に気ぃは使ってへんけど」

 「カーーッッ!!!
 相変わらず、すかした奴やのぅ
 南、なんでこんなんも呼んだんや!!!」

文句を言う岸本をスルーして南は土屋にビールを注ぐ。

 「わざわざ悪かったな
 ほな、改めて乾杯や」

三人はカチンとグラスをぶつけた。

 「どうや、仕事の方は」

 「まぁ、ぼちぼちやな」

南の問いかけに土屋が曖昧に返すと、すぐ岸本が食い付く。

 「儲かるんかい、行政書士なんて」

 「誰かにこき使われるよりはずっとええからな」

 「な、なんやそれっ
 ワシに喧嘩売っとるんかい!!!」

 「別に、率直な意見や」

 「ハーーッッ!?!?
 やっぱりワシ、お前とはノリが合わんわ!!!」

だが土屋は知らん顔でつまみを注文すると、まじまじと南を見た。

 「ところで、なんやの?
 急に会いたいって」

 「そや、ワシもそれを訊こう思っとったんや」

 「いや……、特別なにってわけやないねん
 ただ、無性にあの頃の話がしとーなってな」

照れた様に南が言った。









夕食後、ソファに横になりTVを観ているうちに
いつの間にか眠っていたようだ。

時計は9時半を差している。

耳元の携帯の着信音で花形透はハッと目を覚ました。

表示された名前を見て、彼は笑みを浮かべる。

 「もしもし?珍しいな… 藤真だろ?」

 「あぁ、…元気でやってるか?」

 「まぁな、
 …何か、あったのか?」

 「いや、別に…
 ちょっと、花形の声が聞きたくなった」

 「なんだよ、気味悪いな」

電話の向こうで藤真が苦笑した。

 「花形、お前まだこっちに戻れないのか?」

 「そうだな、当分は転勤族さ…人使い荒いからな、ウチは」

 「そっか……
 あ、今度…、そっちに遊びに行ってもいいか?」

 「もちろん!!
 大歓迎だ、待ってるよ」

 「そしたら
 久しぶりに1on1やるか」

 「そうだな」

今夜の藤真はいつに無くセンチメンタルだな、と花形は思った。









深夜の住宅街。

古びたアパートの鉄階段を、千鳥足で上って行く男がいる。

右から2番目のドアの前に立つと激しくノックした。

慌てて中から飛び出して来たのは
一昨日、横浜の出張から戻ったばかりの相田彦一。

 「え?福さん!?
 福さんやないですか!!」

後輩の顔を見るなり
福さんこと福田吉兆は無言で彼に覆い被さった。

 「ごっつ酔ってはるやないですか!!
 どないしはったんです?」

どう見ても結婚式帰りの正装の福田を
とりあえず6畳一間の部屋に引き摺り込む。

改めて灯りの下で眠っている福田の顔を見ると
頬に幾筋もの涙のあとがあった。

彦一は悪いとは思いつつ
引き出物の袋の中を要チェックさせてもらうと
のし紙に意外な名前が印刷されていた。

 「……神さんの結婚式やったんや」

2人は中学時代からの友人だと聞いた覚えがある。

 「こっちの娘さんと結婚しはったんかなぁ
 神さん、このまま大阪に住むんやろか…」

あれこれと妄想を膨らませながら
彦一はもう一度、福田の顔を見直した。

 「福さん、昔から涙脆いお人やからなぁ…」

ふと、魚住の店での記憶が蘇る。

あの時、赤木が言った『永遠のライバル』という言葉が彦一の頭の片隅から離れないでいた。

 「福さん……
 神さんて福さんのライバルなんですか?」

軽いいびきの福田に話し掛ける。

ワイもこれから先、ライバルと呼べる人に出会えるやろか…

そんな事を思いながら部屋の窓を開け、夜空を見上げる彦一だった。


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