あれから17年後
この場所を指定したのは、ヤツだ。
最後にここに来たのは
渡米前、安西先生を訪ねた時だろうか…
校舎の壁に時の流れを感じた。
まだ少し昨夜の酒が残っている気がして頭を左右に振る。
休日のせいか、早朝の校内に人の気配はない。
駐輪場を通りすぎると体育館が見えて来た。
高1の初夏、ここで初めてヤツと1on1をした。
以来、勝ちを譲った事はない。
そっと扉を開けると
いきなり大声が響き渡る。
「遅ぇーぞ、ルカワぁ!!
怖じ気づいたのかと思ったぜっ」
「……フン
テメーが早過ぎんだ、
どあほう」
そう言って、素知らぬ顔で更衣室へ向かう。
シューズの紐を結びながら、激しく高揚している自分を感じた。
再びコートに出ると、相手も落ち着かない様子で
ボールハンドリングをしている。
不思議と気持ちが手に取る様に解った。
きっと自分と同じなんだろう。
もう何年も離れていたのに
こんな形で心が繋がっていた事に今更ながら驚かされた。
「いつでもいいぞ!!」
ヤツはボールを小脇に抱えて仁王立ちしている。
「……エラソーに」
「んだとぉ」
まんまと挑発に乗ったその一瞬を逃さず
ヤツからボールを奪うとリングを目指す。
「ぬっ!!
キツネの分際で卑怯な手ぇ使いやがって」
すぐ背後に追い付く気配を感じた。
敏速にこちらの動きに反応している。
シュートモーションに移る瞬間、
ボールは見事に叩き落とされた。
「思ったより動けるじゃねーか」
「バカめ、今ごろ気付いたか
天才だからな、オレは
スタメン落ちしてヘタれてるどっかの庶民とは違うんだよ」
「フン、…上等だ」
大口を開けて高笑いするこの男には未だ非凡なものを感じる。
悔しいが、コイツからもらったもんは確実にオレの中に生きているんだろう。
もしもコイツが怪我さえしなけりゃ…
もしもコイツが渡米してたら…
正直、何度もそう思った。
でも、もうそんな下らねぇ事を考えるは止めだ。
もしも、なんてのは
今を諦めた腰抜けが使う言葉だ。
一瞬一瞬を悔い無く生きて行けばそれでいい。
手にしたボールをリングに叩き込む時の歓びをお前もオレも知ってるんだから。
「…おい
よく聞けよ、どあほう」
「あ゙ー?なんだ」
「無理だ限界だなんてのはテメーの甘ったれた心が勝手に作りだしてる幻想だ テメーでテメーを疑ったら、もう前にゃ進めねー
余計な事考えてねーで
初めてオレに1on1を挑んだ気持ちを思い出せ」
それは同時に自分自身に言い聞かせているような気がした。
「珍しくよく喋るじゃねーか、エラソーに」
「…あぁ
こんな所でくたばられるよりはマシだ
テメーはオレの特別だからな」
「え゙?………なっ
ふ、ふざけやがって!!!」
動揺し注意が逸れたヤツの手から叩き落としたボールをリングに思い切りブチかました。
「今日もオレの勝ちだな」
「クッソーーっっ!!!
またしても卑怯な手ぇ使いやがって!!!」
照れているのか頬が赤い。
でも『オレの特別』に嘘はない。
更衣室へ入る背中に声が掛かった。
「…もう、いっちまうのか」
「……あぁ、午後には向こうへ戻る」
「……そーか」
「なんだ、…寂しいのか」
「バッ、バカ言ってじゃねーよ!!!
んなわけねーだろっ」
「……オレもだ」
着替えを済ませて出て来るとヤツはこちらに目もくれずシュート練習を続けていた。
わざわざ声を掛ける事もないのでそのまま外へ出る。
見上げる空はどこまでも続いていた。
これから先もこの空の下で皆、同じ時を生きていく。
その事が新たな力を漲らせていった。
「待てぇ、ルカワぁ!!!」
振り返るとヤツが近付いて来る。
「……なんだ」
ヤツの右腕がゆっくりと上がった。
「負けねーぞ、ルカワ
テメーにだけは
ぜってー負けねー
これだけは忘れんな」
オレの右腕も自然に上がる。
「……あぁ、忘れねー」
交わしたハイタッチの音が青い空に響いた。
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