あれから17年後
「良かったって……
安西先生、本気で仰ってるんですか?」
彩子が目を丸くする。
「確かに…
流川の側から見りゃ、喝を入れに行くだけかもしんねーけど
花道にとっちゃ1番会いたくねー男だろうからな」
宮城が独り言とも取れるように呟いたのを安西が受けた。
「本当にそうかな?」
驚いて飛び上がる宮城に、構うことなく恩師は話を続ける。
「今、桜木くんに必要なのは優しい言葉でもなければ、励ましの言葉でもない
ましてや誰かのアドバイスなどでもない
今、彼に必要なのは
恐れるものなど何一つなかったあの頃の自分を思い出す事なんです」
「あの頃の…」
「自分…」
皆、口々に安西の言葉を繰り返した。
「そして、そのきっかけを作れるのは流川くんしかいない」
静かだが、強い口調で言い切る。
「終生のライバル故に…
って事ですね、先生」
赤木の問いかけに、安西はゆっくりと頷いた。
「アイツらの試合はまだ終わっちゃいねーってことか!!」
宮城が腰を浮かす。
「そーだ!!
諦めたらそこで試合終了だからなっ」
言ったあと、三井が慌てて安西の顔を見て照れる。
恩師は嬉しそうに声をあげて笑った。
『酒処ちゅう』の鰻の寝床のような店内は換気扇の回る音が響き
ボリュームを落としたトランジスターラジオから小さな雑音が漏れている。
奥座敷を除いて
店には水戸、高宮、大楠、そして店主の野間以外の姿はなかった。
4人はそれぞれの思いを胸にジッと押し黙ったまま
神経だけを同じ場所に注いでいる。
沈黙に耐え切れず高宮が何か話そうとしたが
水戸が口に指を当て首を横に振った。
「同情しに来たんなら
とっとと帰れ」
桜木は依然として顔をこちらに向けようとしない。
「……同情?」
「それとも
性格悪ぃてめーの事だ
わざわざ顔見て、嫌味の1つでも言いに来たのか」
フーッ、やれやれ……
相変わらず世話の焼ける男だ。
「……てめーがまだ勝負するに相応しい相手なのか確かめに来た」
「…ぬっっ!?」
怒りを顕にした形相で
やっと振り返る。
「オレは腰抜け相手に喋ってる程ヒマじゃねー」
「んだと?コラァー!!!」
いきなり胸ぐらを掴まれたがそのまま続けた。
「オレは、今でもずっと てめーと勝負してるつもりだ」
「……なっ」
服を握った拳が開く。
「てめーがそんなんじゃ
オレの勝ちだな…」
「て、てンめーっっ
ルカワーーぁ!!!
勝手に決めてんじゃねーぞコラ、このキツネ男が!!!」
再び桜木が掴み掛かって来るのを、次は上手く躱して続けた。
「……勝負しろぃ」
「あ゙~!?」
「その背中でも1on1くらい出来るだろ
……証明してみせろ
腰抜けじゃねー事」
「くっ、そぉぉお………
キツネの分際でこの天才に生意気な口ききやがって
今度こそ、てめーをぎゃふんと言わせてやるっ!!!」
「…よし」
目の前でいきり立つ男の顔を見ながら
オレは久しぶりに胸がドキドキしていた。
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