あれから17年後


 「テメーとこれ以上
 張り合うつもりはねぇ
 レベルが違い過ぎる」

あの時、歯ぎしりして悔しがるヤツを見ながら
コイツは必ず後を追ってくると信じていた。




森重 寛の率いる名朋工業にあと一歩及ばず
全国制覇を逃した高3の夏

ヤツは試合が終わった後、いつまでもコートに頭を打ち付けていた。

今思えば、あれがオレ達の人生最大の汚点なのかもしれない。

2学期になり、留学の夢を抱きながら
とりあえず国内の大学に進学を決めると
ヤツはいきなり、「自分も同じ大学に行く」と
闘志剥き出しに宣言した。

どこまで煩わしい男なんだと辟易したが
不思議と嫌ではなかった。

翌春、揃って同じ大学に入学しバスケ部に入ったが
相変わらず顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。

だが、心のどこかで
このままずっと一緒に居られるような気がしていた。

悔しがり、嫉妬しながらも
ずっと付いて来るものだと思っていた。

そしてヤツがアメリカに来たら言ってやるつもりだった。

 「どあほう、
 テメーにオレは
 追い越せねぇ」

と……。




渡米して数ヶ月後

古傷が元でヤツが選手を辞めた事を知った。

どうしようもない憤りと孤独感に襲われた。

そしてその時初めて
オレは1人じゃなかった事に気付いた。









生け簀の横の引き戸が静かに開いた。

 「すいません、今夜は貸し切りで……

言い掛けた魚住が固まる。

彼の視線の先に立っていたのは安西光義とその妻だった。

 「こんばんは
 ちょっとお邪魔するよ」

そう言って、のっそりと店に入って来る。

17年前、心臓発作で倒れて以来
徹底した食生活の改善と毎朝のジョギングで
70を越した今でもどうにか健康を保っていた。

 「じゃあ私は車に居ますから」

安西の妻は、調理場を見て軽く会釈をすると
戸口で引き返して行った。

 「ご無沙汰しております」

魚住は頭に巻いた手拭いを取り、ひとり残った安西に深々とお辞儀をする。

 「いえいえ、こちらこそ
 前に伺ったのはいつだったかな…
 相変わらず良い店だ」

 「有難うございます」

巨体を丸めて恐縮した。

 「それにしても奥は
 ずいぶん賑やかですね
 ご迷惑を掛けていないかな?」

 「いえ、とんでもない
 皆さんにはいつも贔屓にして頂いてますよ」

 「そうですか、それなら安心しました
 ……ところで魚住くん」

 「はい、なんでしょう」

 「田岡くんとは会いますか?」

眼鏡の奥の小さな瞳がニッコリと微笑む。

 「ええ、時々ここにも お見えになりますよ
 未だに現役で采配を振ってらっしゃいます」

魚住が苦笑した。

 「そうらしいですねぇ
 近いうち、一度お会いしたいものです」

 「それなら私が伝えましょう」

 「そうですか
 では、頼みましたよ
 ほーっほっほっほ」

その独特の笑い声を三井が耳聡く捕らえた。

 「安西先生っっ!!!」

皆の視線が一斉にカウンター横に集まる。

 『ちゅーーーす!!!!!』

店内に野太い声が響いた。

 「やぁ」

安西は軽く片手を上げるとゆっくりと座敷に向かう。

 「どうされたんですか、先生
 こんな時間にお身体に障ります」

三井は急いで自分の席を空けて、座布団を裏返した。

 「ありがとう、三井くん」

思わぬ恩師の登場に子供のようにはしゃぐ元不良。

安西は三井の作った場所にどっかりと胡坐をかくと
ぐるりと周りを見渡した。

たった今までドンチャン騒ぎだった座敷は
水を打ったようにシンとなる。

 「みんな、元気そうですね」

 「先生こそお変わりなく お元気そうで安心しました
 ご無沙汰して申し訳ありません」

赤木が正座をして頭を下げると、皆もそれに倣った。

 「いやいや、お互い様ですよ
 ところで彩子くん
 桜木くんは見つかりましたか?」

急に名指しされて、彩子はハッと口を押さえる。

 「アヤちゃん、先生にまで訊いたの?」

宮城が小声で耳打ちした。

 「だって、ひょっとして家に戻ってるかと思ったのよ…
 申し訳ありません、先生
 お呼び立てするつもりじゃなかったんです」

平謝りの彩子。

 「構わないよ、彩子くん
 私も久し振りにみんなの顔を見たかったからね
 それより、流川くんの姿が見えないようだが…」

場の空気が微妙に変わる。

 「…ん?」

 「流川は……
 桜木に会いに行っています」

赤木が答えた。

 「…ほぉ、そうですか
 それは良かった」

安西はコクリと頷き、満足そうに笑った。


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