あれから17年後
「どうだった?…奥」
高宮が興奮気味に訊く。
店への被害を懸念した主の野間がそっと座敷の様子を見にいったのだ。
「今は大丈夫そうだな」
「だろ?」
水戸が当然と言った顔で
ニヤリとする。
「なんか喋ってんのか?」
大楠が身を乗り出した。
「いや、花道は背中向けたまんまだ」
「なんだよ、それ
じゃ、流川は?」
「腕組みしたまま、目ぇ閉じてた」
「あいつら何やってんだ」
高宮が呆れたように言う。
水戸が小さくため息をついて苦笑した。
「花道の奴、もうちょっと俺達に相談すりゃいいのにな」
宮城がグラスをトンとテーブルに置いた。
「そんなタマじゃねーよ
自称天才が庶民に意見を求めると思うか?
まぁ俺は庶民じゃねーけどな」
三井がからかい半分に返す。
「困ったもんだな、桜木には…
近くに素晴らしい先輩がいるってのに」
木暮が赤木をチラリと見ると
「フン、俺は知らんぞ」
と、顔を背ける。
「あいつ、ずいぶん前から安西先生んちに下宿してんだろ?
先生からなんも指導ねーのかな?」
宮城が誰にともなく話を振った。
「ねーよ、あるわけがねぇ」
三井の目尻が上がる。
「先生はバスケの指導はされていないわ」
彩子が口を開いた。
「息子を見守る父親…
私にはそんな風に見えるけど」
「ますます気に入らねー」
三井が小声でぼやく。
「それにあいつ、
誰にも相談してなかったわけじゃないのよ」
「ホントに?アヤちゃん
そんな奴いたのか?」
「聞き捨てならんな彩子
誰だ、そいつは」
宮城に続き、赤木が目を剥いた。
彩子は慌てて口を押さえたが、その視線の強さに観念して天井を見上げる。
「ハァ、………牧さんよ」
『 っっ!!! 』
皆の顔が驚愕の表情に変わる。
「でも確か牧は今、バスケはしてなかったんじゃないか?」
木暮がずり落ちた眼鏡を上げながら訊ねた。
「そーだ、あいつ確か
親父さんの会社に入ったんだよ」
三井がポンと掌に拳を乗せる。
「MAKIスポーツか…
一流企業だな」
宮城がボソリと呟く。
「愛和の諸星さん
みんなも知ってるでしょ?
今、彼もMAKIスポーツで牧さんの片腕として経営に携わってるのよ」
「へぇ、知らなかったな」
木暮が頭を掻く。
「その牧になんで桜木が?」
「まぁ待って、三井先輩焦らないで」
彩子はビールを一口飲むと話を続けた。
「桜木が大学在学中に背中の古傷が原因で選手を続けられなくなったのは知ってるでしょ?」
皆、一様に頷く。
「そんで俺達との連絡を一切断ってグレてたんだ
昔の誰かさんみてーに」
「うるせー宮城っ!!
余計な事、言うんじゃねぇ」
「へへ、すいません」
怒られて肩を竦める三流企業の平社員。
「そんな桜木花道に手を差し伸べたのが牧さんだったの」
「牧が?」
「そうなんです、赤木先輩
今まで黙っていてすみませんでした…」
「………」
「そして牧さんは
自暴自棄になりかけてた桜木を清田信長とつるませた」
「清田?…海南の奴か」
三井がすぐ返すと彩子が頷く。
「当時、彼は家庭の事情でバスケを続けるか悩んでたの」
「家庭の事情?
なにそれ、アヤちゃん」
「清田はこの辺りじゃ有名な、シラス漁をする家の長男でね
あ、ほらこれも清田んとこのシラスよ
直売もやってるから」
彩子はテーブルに置かれた小鉢を持ち上げて見せた。
「でも父親が急死しちゃって学校辞めて家業を継がなきゃならなかった」
「魚住と少し似てるな…」
厨房へ戻った彼を見ながら赤木が呟く。
「顔を合わせればケンカばっかりのあいつらを
牧さん、よく面倒みてたなぁ
2人に会社の仕事を手伝わせたりもしてたかな?
そんな中、お互い何かが見えたのかしらね…
少しして清田は中退して家業を継いで、桜木は安西先生の家に下宿したのよ」
「じゃ、ひょっとして
花道はその時から湘北の監督やろうって?」
宮城が思わず立ち上がり掛けた。
「あの子は…
あの子だけはまだ諦めてなかったのかもね
湘北高校の全国制覇を」
『 っっっ!!!!! 』
『酒処ちゅう』の奥座敷は人を寄せ付けないオーラを放出し続けている。
そんな中、背を向けたままの桜木が不意に言葉を発した。
「今更のこのこと
何しに来やがった」
「………なんだと?」
「日本一にもなれなかった負け犬が、何がNBAだ
えらそーな口きくんじゃねーぞ」
「…っっ」
日本一にもなれなかった…
全身に衝撃が走る。
オレの記憶は突如、12年前に飛んだ。
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