あれから17年後
流川が店を出て行くと同時に、巨体を揺らして魚住がやって来た。
「赤木
あいつ、どうしたんだ
帰ったのか」
「あ、…ちょっとその
野間くんの店に」
代わりに彩子が言いにくそうに答える。
「野間…?
……あの裏通りのか」
「…えぇ」
「知り合いなのか、奴と」
怪訝な顔の魚住に、今度は宮城が答えた。
「会いに行ったんですよ
……桜木花道に」
「なにぃっ!?」
彩子に教えられた細い路地を曲がると
生ゴミを漁っていた野良猫がサッと逃げて行った。
ひでぇ匂い…
思わず二の腕で鼻を被う。
狭い間口の似たような店を端から一つ一つ確認しながら奥へ進んだ。
自分は、いつからこんなにお節介になったのか
およそらしくないと思っていると、剥げ落ちた看板に探していた文字を見つける。
ここか……
立て付けの悪い引き戸を一気に開けた。
「流川のヤツ
スゲェ顔して出てったな」
場の空気を立て直そうと
宮城が少しおどけて言うと
辛うじて三井が返した。
「向こうで騒ぎ起こさなきゃいいけどな
アイツ、手ぇ出すの早ぇーからよ」
「三井先輩が言わないで下さい!!」
すぐに彩子が突っ込む。
流川がキレた時のケンカっ早さは既に周知の事実である。
「またモミ消そうなんて甘い事考えてんじゃねーか
あの2人がぶつかったら確実に警察沙汰だぜ」
宮城が悪乗りし始めた。
「やめてよリョータ!!
流川は現役のNBA選手なのよっ」
食って掛かる彩子。
「そうだぞ、宮城
悪い冗談はいい加減にしろよ」
木暮の声が少しだけ震えている。
皆の頭に最悪のシナリオが過った時、それまで黙って聞いていた赤木が口を開いた。
「たわけが…
何をくだらねー事言ってる」
「でもっ
赤木先輩だって知ってるはずです、あの2人の事
昔っから顔を合わせれば必ず
「あぁ、よぉ~~く知ってる」
彩子の言葉を遮った。
「よぉ~~く知ってるからわかるんだ
あいつらみてーのが本当のライバル同士っていう事をな」
「「 本当のライバル同士?」」
三井と宮城の声が重なる。
「赤木の言う通りだ」
成り行き上、そのまま加わってしまった魚住が頷く。
「いったいどういう意味なんです?」
彩子の質問に赤木はおもむろに腕を組み、
そして目を閉じた。
「本当のライバル同士ってのはな
例え相手がどこにいて、何をしていても
常にお互いの強さを意識し合ってる存在なんだ
だから相手が弱ってる事ほど、歯痒くて情けねーもんはない
流川は桜木に喝を入れに行ったんだ
自分のライバルに相応しい男に戻す為にな」
言い終えた赤木はゆっくりと目を開け、魚住を見て頷いた。
その頃『酒処ちゅう』では
水戸が予期せぬ来客の相手をしていた。
小さなトランジスターラジオから
ノイズ交じりの演歌が流れている。
調理場では野間と高宮が
カウンター席からは大楠が
ジッと事の成り行きを見守っていた。
「よぅ流川、元気そうだな」
「………いるんだろ」
壁にベットリとヤニと油がこびり付いた店内を見回す。
「まぁ、座れよ」
水戸が野間に目配せすると
すぐにカウンターに中ジョッキが置かれた。
「大丈夫だって
花道は逃げも隠れもしねーよ」
「っっ…」
「まずは久々の再会を祝して乾杯だ」
グラスを持ち上げる水戸を
ジロリと上から見下ろす。
「…テメーに用があって来たわけじゃねー」
一瞬、店の空気がビンと張り詰めた。
その中を迷わず奥座敷へ進む。
「洋平、警察呼ぶか?」
高宮が小声で言うと
彼は半ば諦めたように薄笑みを浮かべた。
「その必要はねーよ
花道ももうガキじゃねぇ
なんで流川がここに来たのか、アイツが一番良くわかってるだろ」
目当ての男は、
無造作に物が積み上げられ散乱する座敷の隅で
背中を向け丸まっている。
「何やってんだ
どあほう…」
オレの声に、その背中がビクンと跳ねた。
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