あれから17年後


 「…アイツ
 野間くんとこに居るみたい」

場所は再び、割烹『うおずみ』奥座敷。

携帯を閉じた彩子がため息混じりで言った。

 「しょーがねぇな、イイ歳しやがってガキみてーに…
 また、余計な事考え過ぎてんじゃねーか?」

彼女の隣に座っていた宮城がすぐに意味を理解して返す。

その向かいでつまみを突いていた赤木が軽く咳払いをした。

 「単純に出来てんだから
 何も考えなきゃいいんだよなぁ」

酒を口に運びながら宮城が続ける。

 「そりゃ言えてるな
 誰もアイツが流川みてーになれるなんて思っちゃいねーんだからよ」

宮城の言葉を受けた三井に皆、一様に頷く。

だが、木暮だけは異なった反応をした。

 「そんな言い方するなよ、三井
 桜木なりに試行錯誤しながらすごく頑張ってるんだ
 みんなだって良く知ってるじゃないか」

少しムキになって1人1人の顔を見る。

 「木暮さん、オレ達は別にそーゆぅ意味で言ってるんじゃ…
 むしろオレ個人としては大したヤツだと思ってますよ」

宮城が取り成すように言った。

 「まぁな…
 オレにも一度声が掛かったけどよ
 さすがに丁重にお断りしたからな
 ……湘北バスケ部監督」

三井がニヤリと笑い、頬杖をつく。

 「オレは、ぜぇ~ったいに認めんぞ
 あの、たわけが…」

プイと横を向いた赤木がグラスを空けた。

 「まだそんな事言ってるのか、赤木は
 いい加減少しは桜木を

 「違うんです、木暮先輩」

彩子が2人の間に割って入る。

 「赤木先輩が認めてないのは、もう1つの方…」

 「もう1つ…?」

 「そう、アイツが監督受けた時に
 『自分が全国制覇を果たしたら、ハ、ハ、ハルコさんと、ケ、ケ、ケッコンさせて下さいっっ!!』
 って…」

桜木の声色を真似て彩子が言った。

 「えぇーっ!!!
 桜木のヤツそんな事を…
 全然知らなかったな
 それにしても、ずいぶん思い切ったもんだな」

 「桜木花道もそれだけの覚悟を持って受けたって事ですよ
 ね?赤木先輩」

驚く木暮の横で赤木が苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 「でもな…
 酷かったよな今年も」

 「監督就任以来3年連続でIH予選緒戦敗退…
 晴子ちゃん、お婆さんになっちゃうわね…」

宮城の言葉の後に彩子が肩を竦めて続けた。

 「安西先生の家に下宿までさせてもらってるってのにっ
 桜木のヤツ、いったいなにしてやがるんだ
 オレならもうとっくにIH常連校になってるぜ!!」

酒の勢いで少々気が大きくなっている三井が嫉妬混じりに息まく。

だが、ここにいる者は皆
IHに出場するという事が
如何に大変な事かを身を持って知っている。

もちろん三井自身も…

だからこそ、皆
桜木の苦労が痛い程解る。
何とか力になりたい、再び母校に光を当てたいと強く願っている。

最後に湘北がIHに行ったのは
桜木達が高3の夏だった。

 「負けず嫌いだからな、花道のヤツ…
 今の状況じゃ、やっぱ来られねーか
 流川に会わせる顔、ねーよな…」

宮城が苦笑した。

 「あぁ、まして藤真が来てるって分かったら
 もうぜってぇ来ねーな」

三井も苦笑する。

少し離れた席で
正真正銘、IH常連校監督の藤真健司が爽やかに笑っていた。







 「今、湘北の監督やってるんすか
 …あのどあほう」

声を掛けた瞬間、5人全員の視線が自分に集まった。

 「あんた、いつからそこに居たのっ!?」

彩子がすっとんきょうな声を出す。

 「…さっきから」

座敷の端に腰掛けたまま答える。

別に立ち聞きするつもりはなかった。

ただ、用を足して席に戻る途中ふと
ヤツの名前が聞こえて来たから立ち止まっただけだ。

 「そ、そうなんだよ流川
 桜木は今、湘北バスケ部の監督なんだ
 あ、でもさっきもちょっと言ったけど
 決して今の湘北がダメってわけじゃなくて

木暮が庇うように言うのを途中でバッサリと切った。

 「でも緒戦敗退なんだろ?…3年連続」

 「まぁな…」

木暮の代わりに宮城が答える。

 「…チッ」

途端に胸の奥の方で何かが騒ぎ始めた。

その得体の知れないモノは
あっという間にデカくなり居ても立ってもいられない程、激しく揺さぶりをかけて来る。

 「…先輩
 どあほうの居場所、わかってんだろ?」

 「え、えぇ…」

 「…教えろ」

 「え!?
 ま、まさか流川あんた」

 「いいから、…教えろ」







そしてオレは渡された地図を片手に割烹『うおずみ』を後にした。


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