あれから17年後


その店は割烹『うおずみ』のある通りを300mほど東に行った、細い路地裏にあった。

手書きの看板のペイントが所々剥げ落ちてはいるが
『酒処ちゅう』と読める。

僅か一間程の狭い間口に、立て付けの悪そうな引き戸。
その戸を開けると鰻の寝床の様な店内にカウンター席が6つ。
更に奥を覗くと3畳ほどの座敷があるが
ほとんど物置状態でとても客を通せる様ではない。

換気扇が回っているにもかかわらず、煙草と焼き物の煙が充満し
安酒と強烈なモツ煮の匂いが入り交じる。

カウンターの中ではTシャツの袖を肩まで捲り上げたこの店の主、野間忠一郎が
くわえ煙草で客に出すつまみを作っていた。

 「相変わらず汚ねー店だな」

そう言ってフラリとその男はやって来た。
間口に頭がぶつからないように少し猫背になっている。

 「こんなんでよく客が来るな」

 「うるせー、ほっとけ」

店主に悪態を付きながら空いている席にどっかり座ると、男は大ジョッキで生ビールを注文した。

出されたビールを半分飲み干すと突き出しとジョッキを持ち立ち上がる。

 「ちゅう、奥借りるぞ」

 「おう」

それからもう3時間が過ぎていた。




高校卒業後も何となく地元周辺から離れなかった桜木軍団のメンバーは
未だにこうしてツルんでいる。

毎日、定刻になると誰かしらが顔を出し集まり
他愛ない事を喋っては散って行く。

元々調理師の免許を取得していた野間が
5年前、競馬で大穴を当てそれを元手にこの店を開いた。
しかし開店当初は火の車で軍団が皆で店を支え、苦しい時期を乗り切った。
その甲斐あって今は常連客も増え、どうにか商売が成り立つようになったという人情話は野間が酔っぱらうと出る十八番だ。

方やネットを巧みに使い
法律すれすれのちょいヤバい商売をしている高宮望は
軍団の中で今、一番羽振りが良い。
今日も高級食材を持ち込み自ら野間の横に立ち
あーだこーだと蘊蓄を語っている。
狭い調理場で突き出した腹がつかえそうだ。

車が好きだった大楠雄二は地元の小さな自動車整備工場で整備士として汗を流している。
軍団唯一の妻子持ちだ。
美人だが気の強い妻に頭が上がらない。
仕事帰りのこの僅か時間が彼に明日の活力を与える。

ただ1人、三流企業ではあるがサラリーマンになったのが水戸洋平。
取引先の経理の女に手を出して半年になるが
そろそろ別れ話を切り出そうか迷う今日この頃だ。




 「寝ちまってるのか?」

水戸の言葉に他の3人も奥座敷に目をやる。

 「さぁな、そういや飯も食ってねーなぁ
 具合でも悪ぃのか?」

野間が言うとすぐに高宮と大楠が「ないない」と声を揃えた。

 「何にも言ってなかったか?」

今度は水戸は野間を見て話した。

 「いや、別にぃ」

 「そっか……」

 「なんだよ、洋平」

 「言えよ、水臭ぇな」

高宮と大楠が騒ぎだす。

 「……帰って来てるんだよ、アイツが
 流川楓が…」

 「「「 流川がぁ!?!? 」」」

3人は思わず顔を見合せ、
それぞれの場所で目を見開く。

 「あぁ…
 今、ボスザルの店に居る…
 姉御からさっきメールがあったんだ
 花道、見つけたら電話させろって…」

暫し沈黙のあと

 「流川のヤツ、アメリカでえれー出世しちまったからなぁ」

高宮がボソリと言った。

 「あぁ…、花道としちゃあ面白くねーわな」

 「今の姿は見せたくねぇだろーしなぁ」

野間と大楠が続ける。

 「そうだよな…
 負けず嫌いじゃ誰にも負けねーからな、花道は」

水戸が苦笑すると胸の内ポケットで携帯がバイブした。

急いで取り出すと、着信は彩子からだった。


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