あれから17年後

[プロローグ]


風が吹いている。

深く吸い込むと、ほんのり潮の香が混じっていた。

久し振りのVacationを実家で過ごしている。

帰国してからずっと慌ただしい毎日だったので
何の予定もない今日は
時間がゆっくりと流れているような気がする。

昼食を摂った後、フラリと外へ出た。

前回この道を歩いたのはいつだったか…。
すぐには思い出せない。

少し歩くと
学生の頃、よく自転車を止めた場所が見えて来る。

まるで最初からここが目的だったかのように
高いフェンスで囲われた緑の一画に躊躇なく足を踏み入れた。

そこには今も変わらず
1本のゴールポストが立っている。
何年か前に新しいものと交換されたと聞いた。

それを横目に広場を横切り
フェンス脇にあるベンチに腰をおろす。

目を閉じるとまた瞼の裏で
先日のオーナーとの会話がリプレイし始めた。


 『Youを指導者として迎えたがっているTeamがある
 どうだろう、少し考えてみないか』

 『……それは、もうritireしろ
 という事ですか?』

 『Yes,今すぐに、と言っているのではない
 But,Youもそろそろこの先の身の振り方を
 真剣に考えてもいい時期ではないかと思ってね
 まぁ、1つの提案だよ
 良くわかってるとは思うが
 この世界はそれ程甘くはない』

 『……Yes』


12年前、初の日本人として全米中の注目を集め
プロバスケ界にデビューして以来、常に全力で走り続けて来た。

東洋から来た黒髪の選手は
何者にも屈しない強気なプレイスタイルと
最後まで決して勝ちを諦めないしぶとさで
瞬く間にスターダムに伸し上がった。
その人気は、めっきり出場回数の減ってしまった今も健在だ。

力も技も、富も名声も
欲しい物は全てこの手に掴んだ。
ある意味、すでに頂点を極めてしまったのかもしれない。

満たされた生活の中、守るべきものも増え
気付かぬうちにディフェンス重視の考え方が定着していた気もする。
その上、32歳の現在
身体能力においても不安が全く無いとも言い切れないでいた。

そこをオーナーにハッキリと見透かされたのだった。

あの時「まだやれます」と
何故すぐに切り替えせなかったのか…

そろそろ潮時なのかもしれない

一瞬でもそう思ってしまった自分を
否定出来ずにいる事に嫌気が差し
しばらく帰国していないのを理由にアメリカを離れた。

自分はどうしたいのか…

実家に戻っても悶々とした日々が続いている。


ベンチから立ち上がると
ゆっくりとゴール下まで近づいてみた。

手の中にボールがない事が
どこか不自然に感じる。

真下からリングを見上げると
雲1つない空が広がっていた。

突如、色褪せていた記憶が鮮やかに蘇る。
抑え切れない感情が全身から溢れ出した。


 恐れるものなど何一つなかった

 ただ自分を信じて
 がむしゃらに突き進んだ

 真っ直ぐに前だけを見据え
 望む未来を必死に掴み取ろうとしていた

 そこには一切の迷いは存在しなかった


鳥肌がたつ。

同時に、かつて同じ志しを持ち
共に闘い抜いた男達の顔が浮かんだ。

今、皆はどうしているのだろう。

初めて自分が仲間と認めた
熱くてしぶとくて、最高のどあほうども…。

顔を合わせたとしても
おそらく話す事など何もない。

だが、彼等と過ごした日々があったからこそ
今の自分がいるのではないか。

 『もっと 上手くなりたい
 ただ それだけす』

遠い日に恩師に告げた自らの決意が耳の奥で響いた。

一陣の風が木々の枝を激しく揺らして通り過ぎる。

身体の奥底から何かが湧き上がって来るのを感じた。




 「あーっ、やっぱりパパここにいたよーっ
 ママのいったとおりだ」

聞き覚えのある声に振り向くと
駆け寄って来る娘の姿が目に入った。

小さな体を抱き上げると喜ぶ姿が愛らしい。

後から妻がベビーカーを押してゆっくりやって来る。

 「大丈夫?」

 「……何がだ」

 「…なら、いいけど」

たぶん、コイツには全部お見通しなんだろうな…

妻を見下ろし、そう思う。

娘を肩車して、皆で緑の一画を後にした。

静かな昼下り。

自分の少し前を歩く妻に声を掛ける。

 「ん?…なに?」

 「……続ける事にした」

 「え?」

 「今、…決めた」

 「……そう」

眠っている息子を覗き込み
妻は嬉しそうに微笑む。

 「ねぇパパ、またGameにでるの?」

 「…あぁ」

 「え~~、いついつ?
 ぜったいおうえんいかなきゃ
 だって、パパのDUNKがいちばんカッコイイんだもん!!!」

娘が頭の上ではしゃいでいる。

やはり旅はまだ終わっていなかったようだ。

ならば走り続けよう。

自分の為に
そして、愛しい者達の為に…。

オレの頭の中にはさっき見た雲1つない空が広がっていた。

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