「おや。ベジータ君」

　ブルマの父親の声が、バルコニーに入ってきた。

　目を開け、声のした方を見ると

「君も聴きに来てたのかい」

　どことなく嬉しそうな顔は、俺の横を通り過ぎ、バルコニーの柵の前まで、歩いて行った。

　黒猫を肩に乗せた、白衣姿の小柄な男は

「ピアノの音色というものは癒されるねぇ」

　独り言のように言った後

「どの曲も梨子ちゃんのいた世界の曲らしいが、どれもいいねぇ。弾き手もいいから、猶更なんだろうなー」

　そう続けると、その意見に同意するように、肩の上の黒猫がミャーと鳴いた。

　しばらく、二人と一匹で、ピアノ演奏を聴いていると

「音楽には、自律神経を整える作用があるらしくてね。実際、こうしてピアノの演奏を聴いていると、身も心もリラックスしてくると思わんかね？」

　ブルマの父親は、振り返り、穏やかに微笑んだ。

　言われてみれば、ここに来るまで抱えていた、カカロットの野郎に対する、焦りや苛立ちは、知らぬ間に手放していた。　

　そのことに、僅かに驚く俺に気付いたらしく

「音楽の力を借りるのも、一つの手だよ。ベジータ君も時々ここに来て、ピアノの演奏を聴くといい。まぁ、いつも聴こえてくるわけじゃないけどね」

　黒猫を撫でる初老の男は、ふと笑うと

「さて。わしはもう少し、頑張るかな」

　そう言って、バルコニーから去って行った