梨子とかいう娘の指が、時々リズムを取るように動いていることに気付いてはいた。

　ただの癖か。

　そう思っていたが、昨日の午後――その指の動きがピアノを弾く動きだったということが分かった。


　
　昨日の午後。

　トランクスとのトレーニングを終え重力室を出ると、外から聴き馴染みのない音が聴こえてきた。

　トランクスも気になったらしく、互いに足はそのまま音が鳴る庭へと向かっていた。

　普段ブルマが聴いている音楽とは違い

　品のある曲だな。

　そんなことを思いながら庭に出ると、そこには陽に照らされ黒く光る、ピアノとかいう楽器が置かれていた。

　ピアノなんてものがこの家にあったことにまず驚いたが、それよりもピアノを弾いていたのが、あの娘だったことに驚いた。

　この曲を、あいつが弾いてるのか……！？

　この地球に来てから、音楽というものを耳にするようになったが、これまで聴いてきたものとは全くの別物だった。

　優雅で、心を癒し落ち着かせる美しい音色――。

　それをごく自然に、当然であるかのように、娘は音を奏でている。

　俺はまるで術にでもかけられたように、聴覚と視覚をピアノの音色とピアノを弾く娘に奪われていた。

　そして、それは俺だけじゃなく、ブルマやその母親、ブラとトランクスも同じだったようだ。

　ブラに至っては、完全に術にかかったらしく、しばらく娘とピアノの傍から離れようとせず

「ブラも弾くー！」

　と言って、ピアノを弾く……叩きはじめた。

　梨子という娘が弾いていたものとは比べものにならない酷い音だったが、特訓すればブラもあれくらい……いや、あれ以上の腕前になるんじゃないか？

　ふと、そんなことを思った。

　あの娘のように、成長したブラが華麗にピアノを弾く姿を思い浮かべると、何とも言いようのない愛しさと幸福感が胸の中に湧き起こってくる。

　フン、悪くない――。

　俺は密かに心の中で呟くと、あの娘がこの家に来たこと意味があるような気がしてきた。