少し戸惑ったように梨子が返事をすると

「あ……。もしかして、彼氏？　あぁ……そっかそっか……」

　男は俺の方をチラリと見ると、バツの悪そうな笑みを浮かべ、立ち去って行った。

　そんな男の後ろ姿を、睨むように見つめてると

「今のって、ナンパ？！」

　興奮した声は

「わぁぁ！　ナンパって初めてされたー！！」

　次には感動したような声で、そう続けた。

　そんな梨子の反応に、唖然としつつ

「あ、あの……ゴメン……。俺が離れたから……」

　一言謝ると

「え？　ああ、大丈夫だよ！　初めてでちょっとビックリしただけだから。でも、しつこかったなー」

　そう言って笑う梨子に、何となく心がモヤッとした。

　ナンパされてる梨子を心配した自分が馬鹿馬鹿しく思え

　何だよそれ……！

　密かに顔を顰めてると

「あ。それより……初めて名前呼んでくれたね」

　にこりと微笑まれ、ギクッとした。
　
　男を追い払おうと、咄嗟に名前を……しかも呼び捨てにしたことに「しまった……！」顔を強張らせてると

「何かね……嬉しかった」

　こっちを見上げてはにかむ顔に、ドキッとした。

　……そんな顔をされると、またあの夢を思い出して、妙な気持ちになりそうじゃないか……！

　胸の奥のザワつきを抑えながら、何て言えばいいか分からず言葉を探してると

「これからも梨子って、呼んでくれていいからね」

　ニコニコと微笑まれ

「あ、あぁ、うん……！」

　俺はそう答えるので、精一杯だった。