「べ、別に、そんなつもりは……」

　無駄だと分かりつつ否定すると、生温かい目は、黙って俺に微笑んでいた。

　そして、結局。

　その日は、梨子さんに会うことがないまま終わってしまった。

　食事の時には、必ずレストランに現れるはずの彼女が、昼食にも夕食にも現れないことを心配していると

「子供じゃないんだから、お腹減ったら食べに来ますよ」

　さすがに、心配になったらしい母さんに、真琴さんがそう言っていた。

　だが、次の日も、夕食時にも姿を見せない梨子さんを、さすがに「おかしい」と思ったらしい真琴さんが「あ」と、声を漏らしたのは、みんなが夕食を食べ終えようとする頃だった。

　何かを思い出したような、その声に

「どうしたの？」

　母さんが不思議そうな顔を向けると

「あの、バカ……！」

　そう言って、真琴さんは勢いよく椅子から立ち上がると、レストラン内を見渡してから

「トランクスさん、来て！」

　俺を指名すると、レストランから飛び出して行ってしまった。

　訳が分からなかったが、いつも落ち着いてる真琴さんの慌てように、俺は口の中の物を飲み込むと、真琴さんの後を追ってレストランを出た。

　向かった先は、梨子さんがピアノの練習に使っている部屋だった。

　真琴さんがドアの開閉ボタンを押してドアを開けると、ピアノに突っ伏した状態の梨子さんの姿が目に飛び込んできて、俺は「梨子さん！？」と、思わず声をあげた。