葛藤しながら出た答えは

　梨子さんに気付かれないよう、彼女の弾くピアノを聴くこと。

　だった。

　だが、あくまで聴くだけ。

　彼女の姿を見たり、姿を現すことはしない。

　そう心に決めて、俺は彼女を求めるように、ピアノの音がする方へ近付いて行った。

　

　梨子さんがピアノを弾いてる場所は予想通り、梨子さんが気に入っている、庭の奥にある四阿だった。

　四阿に近付くにつれ、流れてくるピアノの音はハッキリとしてきて、それがとても暗く重たい曲だということに気が付いた。

　どんな曲を弾いてるかで、梨子さんがどんな気分なのか分かる。

　真琴さんが言っていた言葉を思い出し

　いま梨子さんの心は、暗く落ち込んでいるのかもしれない。

　そう思うと、梨子さんのことが気掛かりで、胸の奥がモヤモヤしだした。

　もし、彼女が苦しんでいるのなら、何か力になりたい……！

　そう思うが「彼女の前に姿を現さない」と心に決めたので、それを破ることは出来ず、俺は新たな葛藤の中、彼女の弾くピアノを聴くことにした。

　四阿から少し離れた場所にある木の下に腰を下ろし、梨子さんの弾くピアノに耳を傾ける。

　葉の隙間から見える夜空を眺めながら、いつも彼女が弾いている、明るく華やかな曲が聴けることを期待した。

　しかし、演奏が終わる度に、段々と曲調は暗いものではなくなってくるものの、今日は明るく華やかな曲は期待出来そうになかった。