庭の奥にある洋風の四阿（あずまや）。

　滅多に人が来ない、ひっそりとした場所にあるこの四阿は、私のお気に入りの場所。

　そして、まだ忘れられない、未来に帰って行ったトランクスさんとの思い出の場所。

　だから、あの甘酸っぱい恋をしてた頃のことを思い出しながら、思いっ切りピアノを弾いたり、歌を唄ったりして、自分を解放する場所になってた。

　けど、あの夜。

　いまここにいるトランクスさんにキスをされた場所になってからは、何となく近寄り難い場所になってた。

　でも、今日はそんなこと忘れたみたいに、躊躇いもなく、足が勝手に四阿の方に向いてた。

　今日は、もう……何ていうか……思いっきり落ち込んで、鬱鬱した気分にじっくり浸ってやる！

　そんな気持ちが上回ってた。

　半分ヤケになってた私は、持っていたカプセルを投げると、四阿の前に黒いグランドピアノを出現させた。

　夜の黒に溶け込みそうなピアノを、何とかその場所に留めさせたのは、四阿の傍にあるオレンジ色のライト。

　その小さいけど温かな光は、仄かにピアノを照らしてて、その光景はすごく幻想的。

　まるで絵本の中にいるような気持ちにさせてくれるこの光景に、いつもなら自然と心が温かくなるんだけど……残念ながら、今日はそうはならなかった。　

　私はピアノの椅子に座ると、鍵盤蓋を開け、深く深呼吸してから鍵盤の上に指を乗せた。

　そして、頭の中に浮かんだ曲を弾き始めた。

　浮かんだ曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ『月光　第一楽章』。

　ベートーヴェンの曲の中でも有名な曲。