まさか。

　本当に「まさか」だ。

　まさか、真琴さんのお兄さんに出会うとは思いもしなかった。

　真琴さんのお兄さんは大学生で、東京で一人暮らしをしている。

　実家に帰って来ることは滅多にないから、俺と父さんが会うことはないだろう。

　そう真琴さんに言われていたのだが……。

　予想だにしていなかったことに、思わず梨子さんに「まさか、会えるとは思いませんでした」動揺と共に、そう本音を漏らしていた。

　そして、予想していなかったのは梨子さんも同じだったようで

「ホント……！　龍斗さんに会うなんて！」

　眉を下げ、苦笑いを浮かべていた。

　しかし、その横顔はどことなく嬉しそうで、俺の心の中に暗いものが宿った。

　真琴さんの兄と言えば梨子さんの初恋の相手だ。

　彼女の初恋の相手が真琴さんの兄だと知ってから、どんな人物なのか気にならなかったわけがない。

　たったいま、実際に会った真琴さんの兄龍斗さんは、すらりと背が高く、愛嬌のある大きな黒い瞳が印象的な「好青年」と呼ぶに相応しい人物だった。

　そして、少し言葉を交わしただけだが、その口調からは優しさと誠実さが垣間見れて「好人物」という印象も持った。

　突如、目の前に現れた人物の登場で、現実を叩きつけられた気がした俺は、胸の中に宿った黒いモノが、大きくなるのを感じた。

　それは紛れもなく「嫉妬」という、負の感情に間違いなかった。