ただ、やはり「そんなはずはない」という考えは拭いきれず、もう一つ、理由として思い当たることが頭に浮かんだ。

　実は、それが一番可能性として高くもあり、そして、俺にとっては哀しい理由だった。

　その理由とは「梨子さんが、俺に、彼女が想いを寄せるもう一人の俺を重ねたんじゃないだろうか……」というものだった。

　


　よりによって、何で梨子さんの正面なんだ……。

　トレーニングに行ったまま、父さんが帰って来ないため、夕食を囲むテーブルに全員が座れることになり、俺は梨子さんの正面の席に座ることになってしまった。

　正面に座る梨子さんは、俺があの時寝ていたと思い込んでいるので、さっきのことは自分一人の胸の奥に仕舞い込んでいるつもりらしく、いつも通り、美味しそうに料理を食べ進めている。

　そんな彼女を少し憎らしく思いながら

　いっそのこと、寝たふりなんてしなければよかった……。

　そう後悔するも、起きていればあのキスはなかったと思うと、それはそれで残念だ。と浅ましく囁く声がした。

　……さっきのことは、俺もなかったことにしておかないと。

　残念なことだが、なかったことにしようと決心しかけたところで、目の前の梨子さんと目が合った。

　すると、彼女は恥ずかしそうに目を伏せ、明らかな動揺を見せた。

　その正直な反応に、俺もつられて動揺しそうになったが、何とか茶碗に盛られたごはんを掻き込むことで誤魔化し、動揺を悟られることを回避した。