朝食を食べている時だった。

「あ。昨日ね、ほら。お姫様抱っこっていうの？　して歩いてるカップルがいたんだって」

　誰かから聞いたらしい情報を、母が話しはじめた。

　母は「ピアノ教室の先生」をやっているからか顔が広く、この町の情報が何かと集まってくる。

　だから今朝も、いつものくだらない町の情報だな。そう思い「へぇ」なんて、適当に相槌を打っていたのだが

「でね。その抱えられてた女の子が、その制服着てたらしいのよ」

　母はトーストののった皿を置きながら、私というより、私が着てる制服にチラッと目を向け

「男の子の方は外人さんみたいだったって言ってたし、ちょっと見て見たかったわ」

　そう言った瞬間察しがつき、トーストを持ち上げた手が止まった。



　恥ずかしげもなく「お姫様抱っこ」なぞして町を歩く「外国人の男」なんて、思い当たる人物は一人しかいない。

　それに、昨日梨子は熱が出たらしく早退したと、梨子のクラスメイトである仁美から聞いていた。

「まさか、お姫様抱っこなんてもんで、町の噂になるなんて……」

　一人呟いて、溜息を吐いたが

　いや。まだ噂程度……。町の話題になったわけじゃない。

　そう自分に希望を持たせ、学校へと向かった。
　
　通学途中、教室の中。耳を澄ませたが「お姫様抱っこ」という言葉は聞こえてこず安堵した。

　一部界隈の噂程度に収まっていることに

　よかった、よかった……。
　
　胸を撫で下ろしていると

「真琴ちゃーん！」

　無駄に明るい声が、教室の外から聞こえてきた。