「梨子。あんた、お姫様抱っこしてもらえるなんて、熱出してよかったじゃない」

　からかうように、ニヤリと口角を上げた。　

　その菜奈さんの表情を見て、ようやく自分が、何かマズイことをしているらしいことに気付いた俺は、抱えている梨子さんへと、ゆっくり視線を落とした。

　するとそこには、非常に不機嫌そうに、こちらを睨んでいる梨子さんの顔があった。

　これまで向けられたことのない顔に

「す、すみません……」

　俺は謝罪の言葉を絞り出すと、やっと抱えていた梨子さんを解放した。

　下りるなり、梨子さんは何も言わず、そのまま階段を上って行ってしまい、自室へと入って行った。

　明らかに怒っている梨子さんに、一人狼狽えていると「ククッ！」っと隣りから笑いを嚙み殺す声が聞こえてきた。

　その声に、隣りにいる菜奈さんの方を見ると

「めっちゃ照れてんじゃない！」

　ニマニマした顔が、階段を上った先を見ていた。

　明らかに面白がっているその顔に

「梨子さん、怒ってましたよね……」

　彼女の機嫌を損なうことを仕出かしてしまったことを悔いてると

「怒ってるっていうか、お姫様抱っこされてるところを見られて恥ずかしかっただけでしょ。だから気にしなくていいわよ！」

　菜奈さんはそう言って笑った。

「……お姫様抱っこ？」

　初めて耳にする言い回しに、俺はあの抱きかかえた状態が、梨子さんからすれば恥ずかしい姿だったということを、ようやく理解した。