ムーンライトシンデレラ
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枯れ木も落ち葉も色付いて見え、鳥のさえずりが朝を告げる美しい旋律のよう。深呼吸すると空気がやけに美味しく感じる。
いつもの朝に変わりないのだが、昨日までの朝とは違う。鼻歌を歌いながら店先を箒で掃く手を度々止めて、空を見上げ、ほう、と溜息をついては昨夜の出来事を思い出す。月並みだとは思うが頬をつねったり軽く引っ叩いたり。それにつけて、店内に掛けてある月ごよみをめくり、確かに昨夜は満月だったと確認してみたり。側から見ればソワソワと落ち着きのない様子に、店番のお染さんが見兼ねて声を掛けてきた。
「冴子ちゃん、どうしたの。」
振り返ると此方を見ながら、目尻に皺を集めてニコニコと微笑んでいる。お染さんは此処に来た頃からずっとお店を手伝ってくれている叔母に当たる人だ。
「鼻歌なんか歌っちゃってさ。何かいいことでもあったのかい?」
「うふふ...まぁね!」
だって、生まれて初めて団子屋で良かったと思った瞬間だったもの。
風呂敷を広げて包み紙を開くと中から姿を現したお団子に、透き通った赤い瞳がキラキラと輝いた。
「うまい...」
「ほんと?よかった!」
「今までで一番だ...」
「あはは、そんな、大袈裟です...」
「いや、本当だ。嘘は言っていない。
...団子の食感、タレの風味といい、最高だ。」
手にしたみたらし団子をまじまじと見つめながら、事細かに感想を述べてくれる。その視線は幼子のように純真無垢な彼の内面を表しているようで、くすりと笑みを零しながらも女心を擽られた。
「イタチさんがそんなに気に入ってくれたのなら、また差し入れしますよ。」
「それは有難いな。」
「種類がたくさんあるから、ぜひ食べ比べてもらいたいですし。」
「種類...例えば...?」
「定番の三色、よもぎ、きなこ、みたらし、でしょ。ずんだ、小豆、味噌...あとは季節ものだと、栗、桜もあるし...」
店先に並べる団子の種類を指折り挙げていくと、イタチさんは団子を頬張り、頷きながら更に目を輝かせて此方を見つめてくる。好物というだけあって、パクパクとあっという間に一串平らげてしまい、反射的に二串めへと移ってゆく端正な指先。慌てて腰に下げていた水筒を差し出す。
それから、わたしが老舗の団子屋の跡取りで、こんな田舎に一人で引き取られて退屈な毎日を過ごしていること、お団子作りは単調だけれど、毎日村の人に可愛がってもらっていることなどを話した。彼は話を遮ることをせず、うんうん、と頷き最後まで聞いてくれた。こんな身の上話、誰かに話すこと自体初めてだった。後から我に返って考えれば考えるほど、初対面の人にそんな話をするなんて恥ずかしいし情けないったらありゃしない。が、彼の醸し出す柔和な雰囲気に引き出されてゆくように、唯胸が湯たんぽに包まれるように温かくて、自然と話さずにいられなかったのだ。
そして話の最後に、貴重な仕事だ、と言ってくれた。
「そうかしら...」
「ああ。甘味は人を、心を豊かにする、無くてはならないものだ。現に、俺は今、久し振りに腹の底から満たされた気分になっている。」
「そんなこと、初めて言われましたよ。お酒を好む人には毛嫌いされることだってありますから。」
「俺は小食で、酒もやらないが...甘味、とくに団子なら、幾らでも食べられる自信があるな。」
「あはは、おっかしい...」
「おかしいか...?」
「ううん。なんとなくだけれど、イタチさんにはお酒が似合うもの。」
「いや...単に、下戸なんだ。」
そう言って少し笑みを零し俯いた彼の横顔にまた心臓がひとつ跳ねた。てっぺんに上った明るい
その夜がいつまでも続けば良いのにと切に願うなか、無情にも別れの時が来る。夜風が吹き抜け、空になった包み紙がカサカサと乾いた音を鳴らした。
「なあ...冴子。 また、会えるだろうか。」
「...もちろん。」
村の近くまで送り届けてくれた彼が去り際に呟いた。言葉とは、想いとは、これほどまでに人の日常を変えてしまうものだろうか。
あまりの喜びに息すら忘れ、耳まで熱い。去って行く背中が見えなくなっても、その場を離れられなかった。
次は何を持って行こう。甘味が好きなら、きっと小豆がいいだろうか。甘いのばかりで飽きがくるといけないから、しょうゆか、味噌を足してみようか。
お客が来たってどこか心は上の空。次の満月の夜が待ち遠しくって堪らない。
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