ムーンライトシンデレラ
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あの朝のことを、結衣は何度も夢で見た。
背を向けた彼の姿。
「いってらっしゃい」と微笑んだ自分。
それが最期だった。
数週間後、体調に異変が現れ、月のものが来ないまま――
彼女の中に、もう一つの命が宿っていることが分かった。
ひとり、庭の縁側で座り込んでいた結衣は、ふわりと風に髪を揺らされながら空を見上げた。
「……イタチさん。あなたの命を、わたし、守ってみせます」
声に出した瞬間、涙が零れた。
けれどそれは、もう悲しみではなく――確かな決意の証だった。
彼が遺してくれたこの命は、きっと光になる。
そのために、結衣は生きていく。
⸻
季節は、初夏。
柔らかな陽が、里を包んでいた。
結衣は、店先に団子を並べていた。
ふと吹いた風が、あの丘を思い出させる。
月下美人の咲いていた、あの夜。
命が交差し、永遠が始まったあの夜を――
「かあさーん! 見て見て、トンボつかまえたー!」
庭の奥から、声が響く。
くるくると表情の変わる男の子。
名前は「千景(ちかげ)」。
千の景色を生きて、何一つ失わずにいてほしい――
そんな願いを込めてリオンが名づけた、イタチの息子。
千景は不思議と人の気持ちに敏く、優しい子だった。
まるで誰かの背中を、遠くでずっと見ていたかのように。
無邪気に笑うその姿は、
ときに結衣の胸を、切なく温かく満たす。
そんなある日。
店ののれんが、かすかに揺れた。
振り向くと、そこに立っていたのは――
ひとりの青年だった。
高く整った鼻梁。黒く鋭い眼差し。
背筋を伸ばして立つその姿に、結衣はすぐに気づいた。
「……うちは、サスケさん、ですね」
青年の瞳が、かすかに揺れた。
結衣は深く頭を下げた。
「はじめまして。わたしは、結衣と申します。……あなたのお兄さんに、生前、お世話になりました」
サスケは、無言で結衣を見つめていた。
その目には、問いでも、怒りでもない。
ただ――過去に向けられる、静かな眼差し。
「……兄が、ここに来ていたと聞いたことがある。
短い間だったが、誰かと穏やかに過ごしていたと」
「ええ。ほんの、数日でしたけれど……」
結衣は、胸に手を当てる。
その鼓動が、今もあの日と同じ速さで、彼を想っていることを教えてくれた。
「――あなたは、彼に似ていますね。
強さの奥に、深い孤独を抱いているところが」
サスケの眉がわずかに動いた。
そして、視線の先にいた千景を見つめた。
「……あの子は」
「イタチさんの、子です」
風が、音を立てて吹き抜けた。
サスケはしばらく黙っていたが、やがてそっと言った。
「……兄は、自分を犠牲にして、多くを守った。
だが最後に、“守られた人間”が生きてくれているのは、
……悪くない」
結衣は、その言葉に涙が込み上げた。
でも、笑っていた。
「彼が命を懸けて遺したものを、わたしが守っていきます。
それが……彼の生きた証ですから」
サスケはふっと目を細め、頭を一度だけ下げた。
「ありがとう」
それは、静かで、深く重い感謝だった。
彼が背を向け、去ろうとしたとき――
「……いつかまた、お団子を食べに来てくださいね」
その言葉に、サスケの足が止まる。
背を向けたまま、わずかに肩を揺らし、歩き出す。
結衣はその背を見送った。
かつて兄が歩いた、重くて優しい道を――
いま、弟もまた歩み始めたのだと、胸の奥で感じながら。
空を見上げると、
まぶしい光のなかに、どこか懐かしい気配が混ざっていた。
(――イタチさん)
結衣はそっと、胸の前で手を組む。
「わたしは、ちゃんと、生きていますよ」
揺れる風のなかで、団子の甘い香りが、やさしく空へと溶けていった。
背を向けた彼の姿。
「いってらっしゃい」と微笑んだ自分。
それが最期だった。
数週間後、体調に異変が現れ、月のものが来ないまま――
彼女の中に、もう一つの命が宿っていることが分かった。
ひとり、庭の縁側で座り込んでいた結衣は、ふわりと風に髪を揺らされながら空を見上げた。
「……イタチさん。あなたの命を、わたし、守ってみせます」
声に出した瞬間、涙が零れた。
けれどそれは、もう悲しみではなく――確かな決意の証だった。
彼が遺してくれたこの命は、きっと光になる。
そのために、結衣は生きていく。
⸻
季節は、初夏。
柔らかな陽が、里を包んでいた。
結衣は、店先に団子を並べていた。
ふと吹いた風が、あの丘を思い出させる。
月下美人の咲いていた、あの夜。
命が交差し、永遠が始まったあの夜を――
「かあさーん! 見て見て、トンボつかまえたー!」
庭の奥から、声が響く。
くるくると表情の変わる男の子。
名前は「千景(ちかげ)」。
千の景色を生きて、何一つ失わずにいてほしい――
そんな願いを込めてリオンが名づけた、イタチの息子。
千景は不思議と人の気持ちに敏く、優しい子だった。
まるで誰かの背中を、遠くでずっと見ていたかのように。
無邪気に笑うその姿は、
ときに結衣の胸を、切なく温かく満たす。
そんなある日。
店ののれんが、かすかに揺れた。
振り向くと、そこに立っていたのは――
ひとりの青年だった。
高く整った鼻梁。黒く鋭い眼差し。
背筋を伸ばして立つその姿に、結衣はすぐに気づいた。
「……うちは、サスケさん、ですね」
青年の瞳が、かすかに揺れた。
結衣は深く頭を下げた。
「はじめまして。わたしは、結衣と申します。……あなたのお兄さんに、生前、お世話になりました」
サスケは、無言で結衣を見つめていた。
その目には、問いでも、怒りでもない。
ただ――過去に向けられる、静かな眼差し。
「……兄が、ここに来ていたと聞いたことがある。
短い間だったが、誰かと穏やかに過ごしていたと」
「ええ。ほんの、数日でしたけれど……」
結衣は、胸に手を当てる。
その鼓動が、今もあの日と同じ速さで、彼を想っていることを教えてくれた。
「――あなたは、彼に似ていますね。
強さの奥に、深い孤独を抱いているところが」
サスケの眉がわずかに動いた。
そして、視線の先にいた千景を見つめた。
「……あの子は」
「イタチさんの、子です」
風が、音を立てて吹き抜けた。
サスケはしばらく黙っていたが、やがてそっと言った。
「……兄は、自分を犠牲にして、多くを守った。
だが最後に、“守られた人間”が生きてくれているのは、
……悪くない」
結衣は、その言葉に涙が込み上げた。
でも、笑っていた。
「彼が命を懸けて遺したものを、わたしが守っていきます。
それが……彼の生きた証ですから」
サスケはふっと目を細め、頭を一度だけ下げた。
「ありがとう」
それは、静かで、深く重い感謝だった。
彼が背を向け、去ろうとしたとき――
「……いつかまた、お団子を食べに来てくださいね」
その言葉に、サスケの足が止まる。
背を向けたまま、わずかに肩を揺らし、歩き出す。
結衣はその背を見送った。
かつて兄が歩いた、重くて優しい道を――
いま、弟もまた歩み始めたのだと、胸の奥で感じながら。
空を見上げると、
まぶしい光のなかに、どこか懐かしい気配が混ざっていた。
(――イタチさん)
結衣はそっと、胸の前で手を組む。
「わたしは、ちゃんと、生きていますよ」
揺れる風のなかで、団子の甘い香りが、やさしく空へと溶けていった。