ムーンライトシンデレラ
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朝が来た。
わたしは、背筋を伸ばして立っていた。
古寺の石段の下で、出発の準備を終えたイタチさんを見送っていた。
もう、泣かない。
泣いてしまえば、きっと彼は振り返ってしまうから。
だから――わたしは、笑って言った。
「……いってらっしゃい」
彼は、微笑んだ。
その微笑みに、どれほどの想いが詰まっていたか。
今も、わたしは忘れられない。
ゆっくりと背を向けて、彼は歩き出す。
風が、彼の外套を揺らしていた。
(どうか、あなたの願いが、叶いますように)
わたしは、胸に手をあてて祈る。
(そして、あなたが最期に見た景色が、わたしの笑顔でありますように)
彼の背中が、朝靄に溶けていった。
それが、わたしとイタチさんの――
ほんとうの、最後の朝だった。
──視界がぼやけていた。
身体の感覚が薄く、息をするたび、胸が軋む。
弟の顔が見える。
強くなった。迷いのない目だ。
これでいい、そう思っていた。
でも――
最後に、思い出すのはやはり、
(…… 結衣)
静かに笑っていた横顔。
甘い香りのする手。
名前を呼ぶ声と、泣きながら笑ったあの朝。
(もう一度、あの手を……)
伸ばしたかった。けれど届かない。
代わりに、唇に浮かんだのは、かすかな笑み。
(……ありがとう。愛していた)
風が吹く。
まるで、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた気がして、イタチは静かに――目を閉じた。
その先に光があるのなら、きっと、そこに君がいる。