ムーンライトシンデレラ
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それは、あまりにも唐突だった。
静かに流れていた古寺での日々。
朝には団子をこね、昼には風の音に耳を澄ませ、夜には火鉢を囲んで言葉を交わす――
その穏やかな日々の続きだと思っていた、その午後。
結衣が針仕事を終え、湯を沸かしていたその時、
奥の部屋から、喉を裂くような咳の音が響いた。
「……っ、けほっ、けほっ……!」
「イタチさん……!?」
慌てて駆け寄ると、彼は柱に手を突いて崩れかけていた。
唇に滲む赤、荒く上下する肩、浮かぶ冷や汗――
結衣の心臓が悲鳴を上げた。
「大丈夫ですか……!? こっちへ、しっかり……!」
その身体は、信じられないほど軽く、けれどどこまでも重かった。
命が確かに、彼の中で傾いでいる。
震える指先で薬を探し、小瓶を唇に運ぶ。
イタチは僅かに喉を鳴らして飲み下し、呼吸がかすかに落ち着いた。
けれど、その青ざめた顔色は戻らない。
「…… 結衣」
「……はい」
「そろそろ……話さねばならないことがある」
彼が、静かに視線を上げる。
その瞳は、覚悟の光で、ゆっくりと夜に沈んでいた。
その夜。
月は澄み切った光を放っていた。
まるで、あの夜と同じ――二人が出会った満月の下。
イタチは焚き火の前に、無言で座っていた。
その横顔を照らす火の揺らぎは、どこか儚かった。
「……俺の命は、もう長くない」
結衣は、声を飲んだ。
心の奥で、ずっとわかっていた。
けれど、それを言葉で告げられると、魂ごと裂かれるようだった。
「身体は……もう限界に近い。
忍としての命は、とうに削り尽くされていた。
それでも俺には、やらねばならぬことがある」
「……弟さん、との……戦い、ですか」
「……ああ」
イタチは静かにうなずいた。
声に揺らぎはなかったが、その影は深く深く落ちていた。
「サスケは……今も俺を憎んでいる。
その憎しみこそが、あいつを強くした。
俺が“悪”として生きることで、あいつは前に進めると信じていた。
それが、兄としての……唯一の贖いだった」
結衣の胸が、きゅっと締めつけられる。
その言葉は、あまりにも孤独だった。
「……でも、今、こうしてお前と過ごして――
初めて、“命が惜しい”と……思ったんだ」
その告白は、ひどく静かで、けれど結衣の心を深く撃ち抜いた。
「このまま、お前と静かに暮らしていたいと思った。
朝には“おはよう”と声を聞き、
昼には笑い合い、夜には……ただ、火鉢の前で肩を並べる。
そんな人生が――夢ではなかったら、どんなによかったか」
結衣は、言葉を失った。
頬をつたう涙だけが、想いを語っていた。
「でも、それは許されない願いだ。
俺は……命を守るためではなく、使い切るために生まれてきた」
「そんなこと……ない……」
結衣は首を横に振る。
嗚咽混じりに、必死に絞り出した。
「わたしは……あなたのために、生きていたいんです……」
イタチは何も言わず、その細い肩を抱きしめた。
それはまるで、冬の夜風のように静かで、あたたかくて、悲しかった。
焚き火がぱちんと音を立てた。
その音さえも、ふたりの命の音に聞こえた。
夜の深まりとともに、炎は静かに揺れていた。
ひとつ、またひとつ、木の枝が燃えては、
赤く、儚く、命のように火花を散らす。
イタチは影の中に溶け込むように、ただ黙って、炎を見つめていた。
やがて、ぽつりと漏らされた声は、
夜気にまぎれ、哀しみに濡れていた。
「……俺がいなくなっても、世界は変わらない。
戦は終わらず、憎しみも尽きない。
けれど、ほんの少しでも……お前の作った団子のように、
心をあたためるものがあれば、人は前を向ける」
「――だからこそ、最期の願いを言わせてほしい」
彼は、そっと結衣の手を取った。
痩せたその指先は冷たかったが、確かな意志を持っていた。
結衣が静かに顔を上げた。
「……どうか、お前には生きてほしい。
誰かのために、団子を作り、
温かな日々を送り、
俺のいない未来を、笑って生きていてほしい」
結衣の瞳が潤む。
それでも、涙はこらえた。
「……そんな願い、やさしすぎます」
「優しさじゃない。……ただのわがままだ」
イタチがそっと手を伸ばし、彼女の指に触れた。
「もしもお前が生き続けてくれたなら、
きっと俺も――どこかで、生きていける気がするんだ。
想いの中でも、誰かの記憶の中でも……」
結衣は静かに、指を絡め返した。
その温もりは、炎よりもずっと、胸を焦がした。
「……約束します。
あなたの願いを胸に、生きてみせます」
ふたりを照らす炎が、ぱちり、と小さく音を立てた。
それはまるで、命の灯が“たしかにそこにある”と知らせるように。
夜はまだ、終わらない。
けれど、永遠ではない。
だからこそ、この一瞬が、かけがえのないものになる。
二人の手が、そっと重なったまま。
焚き火が、また小さく弾けた。
夜風がふたりを撫でるように吹き抜けていく。
その温度の中で、ふたりの心は確かに、ひとつになっていた。
炎が揺れるたび、影が寄り添い、また離れていた。
けれど、その距離は、もう意味を持たなかった。
「……ありがとう、結衣」
イタチの声は、いつもより少し掠れていた。
それでも、確かだった。
名を呼ぶその響きに、結衣の胸が震える。
その瞬間だった。
指先が頬に触れ、ぬくもりを確かめるように、ゆっくりと視線が交差する。
言葉ではなく、
まなざしで、すべてが伝わっていた。
ふたりの顔が、近づく。
ためらいも、痛みも、すべてを超えて――
静かに、唇が重なった。
ただ、互いの命の鼓動だけが、
静かに、確かに、重なっていく。
長い沈黙のなかで、口づけは深まり、
結衣の手がイタチの胸元に触れる。
彼の手がそっと、結衣の背を抱き寄せる。
唇がふたたび触れ、
今度は、まるで別れを拒むように、熱を帯びた。
羽織がふわりと滑り落ちる音が、
火のはぜる音と重なった。
結衣は静かに目を閉じる。
イタチの指先が、愛おしげに頬から髪へ、そして肩へと触れていく。
そして、ふたりの影が、ゆっくりとひとつに溶け合った。
この夜が、永遠に続くことはないと知りながら――
それでも、ふたりは今だけを生きていた。
まるで、命の灯を分け合うように。
まるで、運命を愛に変えるように。
そして、静かに灯が揺れるなかで、
ふたりはただ、深く、深く、想いを重ねていった。
静かに流れていた古寺での日々。
朝には団子をこね、昼には風の音に耳を澄ませ、夜には火鉢を囲んで言葉を交わす――
その穏やかな日々の続きだと思っていた、その午後。
結衣が針仕事を終え、湯を沸かしていたその時、
奥の部屋から、喉を裂くような咳の音が響いた。
「……っ、けほっ、けほっ……!」
「イタチさん……!?」
慌てて駆け寄ると、彼は柱に手を突いて崩れかけていた。
唇に滲む赤、荒く上下する肩、浮かぶ冷や汗――
結衣の心臓が悲鳴を上げた。
「大丈夫ですか……!? こっちへ、しっかり……!」
その身体は、信じられないほど軽く、けれどどこまでも重かった。
命が確かに、彼の中で傾いでいる。
震える指先で薬を探し、小瓶を唇に運ぶ。
イタチは僅かに喉を鳴らして飲み下し、呼吸がかすかに落ち着いた。
けれど、その青ざめた顔色は戻らない。
「…… 結衣」
「……はい」
「そろそろ……話さねばならないことがある」
彼が、静かに視線を上げる。
その瞳は、覚悟の光で、ゆっくりと夜に沈んでいた。
その夜。
月は澄み切った光を放っていた。
まるで、あの夜と同じ――二人が出会った満月の下。
イタチは焚き火の前に、無言で座っていた。
その横顔を照らす火の揺らぎは、どこか儚かった。
「……俺の命は、もう長くない」
結衣は、声を飲んだ。
心の奥で、ずっとわかっていた。
けれど、それを言葉で告げられると、魂ごと裂かれるようだった。
「身体は……もう限界に近い。
忍としての命は、とうに削り尽くされていた。
それでも俺には、やらねばならぬことがある」
「……弟さん、との……戦い、ですか」
「……ああ」
イタチは静かにうなずいた。
声に揺らぎはなかったが、その影は深く深く落ちていた。
「サスケは……今も俺を憎んでいる。
その憎しみこそが、あいつを強くした。
俺が“悪”として生きることで、あいつは前に進めると信じていた。
それが、兄としての……唯一の贖いだった」
結衣の胸が、きゅっと締めつけられる。
その言葉は、あまりにも孤独だった。
「……でも、今、こうしてお前と過ごして――
初めて、“命が惜しい”と……思ったんだ」
その告白は、ひどく静かで、けれど結衣の心を深く撃ち抜いた。
「このまま、お前と静かに暮らしていたいと思った。
朝には“おはよう”と声を聞き、
昼には笑い合い、夜には……ただ、火鉢の前で肩を並べる。
そんな人生が――夢ではなかったら、どんなによかったか」
結衣は、言葉を失った。
頬をつたう涙だけが、想いを語っていた。
「でも、それは許されない願いだ。
俺は……命を守るためではなく、使い切るために生まれてきた」
「そんなこと……ない……」
結衣は首を横に振る。
嗚咽混じりに、必死に絞り出した。
「わたしは……あなたのために、生きていたいんです……」
イタチは何も言わず、その細い肩を抱きしめた。
それはまるで、冬の夜風のように静かで、あたたかくて、悲しかった。
焚き火がぱちんと音を立てた。
その音さえも、ふたりの命の音に聞こえた。
夜の深まりとともに、炎は静かに揺れていた。
ひとつ、またひとつ、木の枝が燃えては、
赤く、儚く、命のように火花を散らす。
イタチは影の中に溶け込むように、ただ黙って、炎を見つめていた。
やがて、ぽつりと漏らされた声は、
夜気にまぎれ、哀しみに濡れていた。
「……俺がいなくなっても、世界は変わらない。
戦は終わらず、憎しみも尽きない。
けれど、ほんの少しでも……お前の作った団子のように、
心をあたためるものがあれば、人は前を向ける」
「――だからこそ、最期の願いを言わせてほしい」
彼は、そっと結衣の手を取った。
痩せたその指先は冷たかったが、確かな意志を持っていた。
結衣が静かに顔を上げた。
「……どうか、お前には生きてほしい。
誰かのために、団子を作り、
温かな日々を送り、
俺のいない未来を、笑って生きていてほしい」
結衣の瞳が潤む。
それでも、涙はこらえた。
「……そんな願い、やさしすぎます」
「優しさじゃない。……ただのわがままだ」
イタチがそっと手を伸ばし、彼女の指に触れた。
「もしもお前が生き続けてくれたなら、
きっと俺も――どこかで、生きていける気がするんだ。
想いの中でも、誰かの記憶の中でも……」
結衣は静かに、指を絡め返した。
その温もりは、炎よりもずっと、胸を焦がした。
「……約束します。
あなたの願いを胸に、生きてみせます」
ふたりを照らす炎が、ぱちり、と小さく音を立てた。
それはまるで、命の灯が“たしかにそこにある”と知らせるように。
夜はまだ、終わらない。
けれど、永遠ではない。
だからこそ、この一瞬が、かけがえのないものになる。
二人の手が、そっと重なったまま。
焚き火が、また小さく弾けた。
夜風がふたりを撫でるように吹き抜けていく。
その温度の中で、ふたりの心は確かに、ひとつになっていた。
炎が揺れるたび、影が寄り添い、また離れていた。
けれど、その距離は、もう意味を持たなかった。
「……ありがとう、結衣」
イタチの声は、いつもより少し掠れていた。
それでも、確かだった。
名を呼ぶその響きに、結衣の胸が震える。
その瞬間だった。
指先が頬に触れ、ぬくもりを確かめるように、ゆっくりと視線が交差する。
言葉ではなく、
まなざしで、すべてが伝わっていた。
ふたりの顔が、近づく。
ためらいも、痛みも、すべてを超えて――
静かに、唇が重なった。
ただ、互いの命の鼓動だけが、
静かに、確かに、重なっていく。
長い沈黙のなかで、口づけは深まり、
結衣の手がイタチの胸元に触れる。
彼の手がそっと、結衣の背を抱き寄せる。
唇がふたたび触れ、
今度は、まるで別れを拒むように、熱を帯びた。
羽織がふわりと滑り落ちる音が、
火のはぜる音と重なった。
結衣は静かに目を閉じる。
イタチの指先が、愛おしげに頬から髪へ、そして肩へと触れていく。
そして、ふたりの影が、ゆっくりとひとつに溶け合った。
この夜が、永遠に続くことはないと知りながら――
それでも、ふたりは今だけを生きていた。
まるで、命の灯を分け合うように。
まるで、運命を愛に変えるように。
そして、静かに灯が揺れるなかで、
ふたりはただ、深く、深く、想いを重ねていった。