薄明の光が、古寺の障子越しに差し込む。

炭の残り香と、布団に残る微かなぬくもり。
静かな気配に、結衣はゆっくりと目を開けた。

隣には、まだイタチがいた。
彼は結衣の髪を指先でそっと撫でながら、微笑を浮かべていた。

「……おはよう」

囁くような、やさしい声。
まるで夢の続きにいるようで、結衣は小さくまばたきして、同じ言葉を返した。

「……おはようございます」

彼の瞳は、どこか遠くを見ているようで、けれど確かに、結衣だけを映していた。

「……眠れましたか？」

「……ああ。お前が隣にいたから」

照れくさそうに目をそらすイタチ。
その姿に、結衣の胸がふっと温かくなる。

彼がこんな表情を見せるのは、ほんの一瞬。
けれどその一瞬が、何より愛しい。

「ふふ……わたし、すごく変な夢を見てたんです」

「どんな夢だ？」

「あなたと、団子を一緒に焼いてたんです。
でも、途中で全部焦げちゃって……あなたが“これはこれで悪くない”って真顔で食べてくれてました」

「……それは、冗談ではなく言いそうだな」


ふたりで目を合わせて笑う。
こんなに自然に、笑い合える朝が来るなんて、ほんの数日前までは思いもしなかった。

イタチが、結衣の手をそっと取る。
その手は、冷えていた。けれど、心はあたたかい。

「……ありがとう」

「……わたしの方こそ」

言葉は多くなくていい。
ただ、伝えたい想いは、もう充分すぎるほどに伝わっていた。

結衣は、イタチの肩にそっと額を寄せた。
彼の鼓動が、静かに耳元に響いていた。

（この時間が、あと少しだけ続いてくれたらいいのに）

心の奥で、そう願ってしまった。

けれど、夜明けは確実に訪れる。
いつかこの時間が終わることを、ふたりとも知っていた。

だからこそ、
今この瞬間を、心に深く刻むように。
指先を絡め、互いの体温を分け合った。

それは――
決して派手ではない、けれど人生で最も優しい朝。

静かで、淡くて、愛おしい、ふたりだけの「束の間の幸福」だった。