しじまに咲いて、名を呼べば
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〈数年前──隠れ寺院〉
風の国、砂漠の外れに埋もれた古寺。
かつて封印術の実験場として使われていたが、今は地図にも載らない。
サソリはそこで、封印された古代傀儡の情報を聞きつけ、単独で訪れていた。
瓦礫を踏みしめて奥へと進むと、人の気配がした。
「……出てこい。隠れても無駄だ。」
すると、柱の影から静かに現れたのは、一人の女性。
白く透き通るような肌に、墨を垂らしたような銀灰色の髪。
彼女はまっすぐにサソリを見つめた。臆せず、怯まず。むしろ──観察するように。
「傀儡を探しに来たのですか?」
「そうだ。古代の封印術で眠らされた傀儡がここにあると聞いた。」
「……眠らせたのは私です。」
その言葉に、サソリの目が鋭く細められる。
だが彼女は一歩も退かない。
「動かしたければ動かせばいい。けれど、それは“まだ目を覚ましたがっていない”。」
「傀儡に意思などない。」
「あなたの中の“それ”には、ありませんか?」
サソリの背後にある巻物。そこに封じられた傀儡──父と母を見ての言葉だった。
まるで見透かすような眼差しに、サソリの表情が僅かに揺れる。
「……面倒な術者だな。」
「面倒でなければ、術にはなりません。」
彼女、結衣はゆっくりと巻物を開くと、墨で蝶のような模様を描いた。
それはふわりと宙に舞い、サソリの肩にそっと止まった。幻術ではない。ただの墨と風と、視覚の遊び。
だがサソリはなぜか、それを懐かしいと感じた。
「お前の術は、残らないな。」
「ええ。でも……残らないから、描くんです。」
傀儡のように動きを止めたサソリの瞳に、一瞬だけ感情の色が灯る。
それは、怒りでも苛立ちでもない。
記憶の奥を引っ張られるような感覚。
そのまま、彼は何も言わずに踵を返した。
だが立ち去る間際、彼は一言だけ呟いた。
「名は。」
結衣は微かに口角を上げる。
「……結衣。あなたは?」
「……知ってるだろう。サソリだ。」
その時、二人の間には敵でも味方でもない、
まだ名のない“余白”のような関係が生まれていた。
「あの時の蝶。壊れていなかったな。」
それは、かつて“永遠にしか価値を見いだせなかった”彼が、
少しだけ「消えゆくもの」に心を動かされた証だった。