万華鏡
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綺麗な人だったなあ、とわたしはふとした時やこういう夜にも考えてしまう。遊女はおしろいを塗ったり紅を引いたりして綺麗な化粧をするというが、桔梗さんはそのままで匂い立つ花のように美しかった。
桔梗さんと別れた後、妙に焦った口調で弁明のようなものを繰り返すデイダラを見て、別に気にしてませんよ、と言うと、デイダラは気まずそうに頬をかいた。胸がずきんと痛んだ。もう、考えないように忙しくしていたかった。
そして、その遊郭へ宴会に向かった皆を送り出した夜、気が気でなかった。本当はデイダラが帰ってくるのを待っていたこと、桔梗さんのことが頭を過ってわざとイタチさんの名前を出したこと。水に墨を落としたように黒煙が舞うこの胸の内を、彼はきっと知らない。
と、ふい首に息が吹きかかり、ひゃあと飛び上がる。
「オイ、なんだよその声はよ。お前襖開けても気づかねえしよ。ため息までついちまって。何か考え事でもしてたか?うん」
熱い首を抑えながら振り向くと、襖を閉めるデイダラの姿があった。本当に全然、気づかなかった。
デイダラさんこそ何か御用?と口をつく。我ながら素っ気ない言葉だった。
「用がなきゃ来ちゃいけねえのかよ。お前ほんと最近オイラに冷たくねえ?全然会わねえし……オイラのこと、態と避けてんのかよ」
デイダラが部屋の中へ進んできて腰を下ろしたので、避けてなんかないですよ、と言いながら向き直る。デイダラはどこかばつの悪そうな顔をして首の後ろをかいた。
「何で正直に言わねーんだよ……桔梗のこと、気にしてんだろ」
違います!、と語尾に食いかかるように答えてから、今の反応はあまりに過剰だったと頬がひきつる。「お前の顔がそうだって言ってる」デイダラは一層不満げな顔をした。
「言えよ、オイラのことで不安になってるなら。ただでさえ任務が増えて会う時間も減ってるし、こんなすれ違いでお前と離れたくねえんだよ。そんなに頼りない男に見えるか?ほかの女にふらふらしてるって思ってんのか?
…少しでも、会えないと寂しく思うのはオイラだけか?」
デイダラの声は静かだったが、かすかに怒気というか苛立ちを帯びているようだった。それは違う、とわたしは強く言う。わたしも離れたくなんかない。告げられた想いも刻み込むように愛されたことも、全部本当だと思っている。だけど。
「デイダラさん…わたしはあなたの隣にいるに相応しいですか?」
「相応しいっていうか、お前じゃないと困るんだけど。なあ……もしかして、結構妬いてんのか?うん」
覗き込むように言われて、かあっと頭に熱が昇った。それは肯定したくない感情だったのだ――自分があまりに幼稚に思えていたから。艶やかな花のような人、お饅頭を抱えて口にあんこをつけていた自分、うわっと胸を駆け巡る。デイダラと話せる瞬間があっても、何となく声を掛けられずにいた自分にも嫌気がさしていた。
わたしより前に会った人だってわかっているんです、デイダラの気持ちも、でもあんなに綺麗な人がいて、わたしはこんな、こんなで。
うまくその感情を表現できないままどこまでも滑って転がっていきそうな言葉たち。自分は何を言っているんだと体中が汗をかく。顔を見られたくなくて手で隠そうとしたら、熱い掌に手首を抑えられ、口をふさがれた。唇が離れ、嬉しそうな顔をしているデイダラに気づく。
どうして笑うの、と思わず語気を強めて詰め寄った。
「っあー悪りィ、怒るなって!なあ、……お前もそんな風になるんだなって思って今、我慢できなくなっちまって……。でも、オイラの気持ちをわかってるって言うけど、わかってねえよ。オイラの心にいるのは、これからもずっとお前だけだ。お前の言うふさわしいってのも、よくわからねえけど、オイラはお前じゃないと嫌だ」
デイダラがわたしの肩にすがるように額を載せた。はあーと長く、安堵したように息を吐いている。
「……ていうか、相応しいかどうかなんてオイラの方が不安だったんだぞ、うん。正直言って、今まで女のこととか何にも考えてなかったし……お前みたいなやつ、初めてだしよ。嫉妬すんのもオレだけだと思ってた。嫌われてもしょうがねえと思ったけど、結構、こたえるもんなんだよな、うん」
デイダラが胸を絞られるような切ない声で呟く。目を閉じてその声をもっと聴きたくなる。
嫌いになるわけないじゃない、と答えると、彼が額を押しつけながら横を向くのがわかった。首筋に熱い吐息がかかり、震える。噛みつかれ、肌を吸われた。いつの間にか強く抱きすくめられている。唇が再び合わさって舌が割り入り息が乱れ、声が漏れそうになって、軽く胸を押し返すと力を緩めてくれた。
「不安にさせてすまなかった。アイツとは確かに一年くらいの付き合いがあって、まあその、花街だから、そういう関係にもなった。誓ってお前と出会う前だからな……たまたま傷ついてるところを見ちまって、だから放っとけなかった。他の奴より深い仲だったのは確かだ」
隠し事はしないというこの人の誠意なのだろう。けれど今、自分はどんな顔をしているのか。きっと嫌な顔をしている。ああデイダラどうか、そのまま見ないで――。願いもむなしく息も詰まりそうなほど真っすぐな彼の瞳が捉えてきて、逸らすこともできない。
「あ。泣きそうな顔してんな、うん」
見ないでください。
「見せろよ。それ、オイラを思ってる顔なんだろ……ちゃんと、オイラのこと好きなんだな」
わたしの顔を両手で挟んで、わたしの存在をしっかりと確かめるみたいに。眉を下げて笑うデイダラに、胸が切なくなる。好きですよ、と答える。あの夜より必死で強くて、少しみっともない。だけどデイダラはその言葉を噛みしめるように目を閉じて、じんわりと互いの体温を伝え合うように額を合わせていた。
「好きだ。もう不安に思うな、ちゃんとするから」
桔梗さんと別れた後、妙に焦った口調で弁明のようなものを繰り返すデイダラを見て、別に気にしてませんよ、と言うと、デイダラは気まずそうに頬をかいた。胸がずきんと痛んだ。もう、考えないように忙しくしていたかった。
そして、その遊郭へ宴会に向かった皆を送り出した夜、気が気でなかった。本当はデイダラが帰ってくるのを待っていたこと、桔梗さんのことが頭を過ってわざとイタチさんの名前を出したこと。水に墨を落としたように黒煙が舞うこの胸の内を、彼はきっと知らない。
と、ふい首に息が吹きかかり、ひゃあと飛び上がる。
「オイ、なんだよその声はよ。お前襖開けても気づかねえしよ。ため息までついちまって。何か考え事でもしてたか?うん」
熱い首を抑えながら振り向くと、襖を閉めるデイダラの姿があった。本当に全然、気づかなかった。
デイダラさんこそ何か御用?と口をつく。我ながら素っ気ない言葉だった。
「用がなきゃ来ちゃいけねえのかよ。お前ほんと最近オイラに冷たくねえ?全然会わねえし……オイラのこと、態と避けてんのかよ」
デイダラが部屋の中へ進んできて腰を下ろしたので、避けてなんかないですよ、と言いながら向き直る。デイダラはどこかばつの悪そうな顔をして首の後ろをかいた。
「何で正直に言わねーんだよ……桔梗のこと、気にしてんだろ」
違います!、と語尾に食いかかるように答えてから、今の反応はあまりに過剰だったと頬がひきつる。「お前の顔がそうだって言ってる」デイダラは一層不満げな顔をした。
「言えよ、オイラのことで不安になってるなら。ただでさえ任務が増えて会う時間も減ってるし、こんなすれ違いでお前と離れたくねえんだよ。そんなに頼りない男に見えるか?ほかの女にふらふらしてるって思ってんのか?
…少しでも、会えないと寂しく思うのはオイラだけか?」
デイダラの声は静かだったが、かすかに怒気というか苛立ちを帯びているようだった。それは違う、とわたしは強く言う。わたしも離れたくなんかない。告げられた想いも刻み込むように愛されたことも、全部本当だと思っている。だけど。
「デイダラさん…わたしはあなたの隣にいるに相応しいですか?」
「相応しいっていうか、お前じゃないと困るんだけど。なあ……もしかして、結構妬いてんのか?うん」
覗き込むように言われて、かあっと頭に熱が昇った。それは肯定したくない感情だったのだ――自分があまりに幼稚に思えていたから。艶やかな花のような人、お饅頭を抱えて口にあんこをつけていた自分、うわっと胸を駆け巡る。デイダラと話せる瞬間があっても、何となく声を掛けられずにいた自分にも嫌気がさしていた。
わたしより前に会った人だってわかっているんです、デイダラの気持ちも、でもあんなに綺麗な人がいて、わたしはこんな、こんなで。
うまくその感情を表現できないままどこまでも滑って転がっていきそうな言葉たち。自分は何を言っているんだと体中が汗をかく。顔を見られたくなくて手で隠そうとしたら、熱い掌に手首を抑えられ、口をふさがれた。唇が離れ、嬉しそうな顔をしているデイダラに気づく。
どうして笑うの、と思わず語気を強めて詰め寄った。
「っあー悪りィ、怒るなって!なあ、……お前もそんな風になるんだなって思って今、我慢できなくなっちまって……。でも、オイラの気持ちをわかってるって言うけど、わかってねえよ。オイラの心にいるのは、これからもずっとお前だけだ。お前の言うふさわしいってのも、よくわからねえけど、オイラはお前じゃないと嫌だ」
デイダラがわたしの肩にすがるように額を載せた。はあーと長く、安堵したように息を吐いている。
「……ていうか、相応しいかどうかなんてオイラの方が不安だったんだぞ、うん。正直言って、今まで女のこととか何にも考えてなかったし……お前みたいなやつ、初めてだしよ。嫉妬すんのもオレだけだと思ってた。嫌われてもしょうがねえと思ったけど、結構、こたえるもんなんだよな、うん」
デイダラが胸を絞られるような切ない声で呟く。目を閉じてその声をもっと聴きたくなる。
嫌いになるわけないじゃない、と答えると、彼が額を押しつけながら横を向くのがわかった。首筋に熱い吐息がかかり、震える。噛みつかれ、肌を吸われた。いつの間にか強く抱きすくめられている。唇が再び合わさって舌が割り入り息が乱れ、声が漏れそうになって、軽く胸を押し返すと力を緩めてくれた。
「不安にさせてすまなかった。アイツとは確かに一年くらいの付き合いがあって、まあその、花街だから、そういう関係にもなった。誓ってお前と出会う前だからな……たまたま傷ついてるところを見ちまって、だから放っとけなかった。他の奴より深い仲だったのは確かだ」
隠し事はしないというこの人の誠意なのだろう。けれど今、自分はどんな顔をしているのか。きっと嫌な顔をしている。ああデイダラどうか、そのまま見ないで――。願いもむなしく息も詰まりそうなほど真っすぐな彼の瞳が捉えてきて、逸らすこともできない。
「あ。泣きそうな顔してんな、うん」
見ないでください。
「見せろよ。それ、オイラを思ってる顔なんだろ……ちゃんと、オイラのこと好きなんだな」
わたしの顔を両手で挟んで、わたしの存在をしっかりと確かめるみたいに。眉を下げて笑うデイダラに、胸が切なくなる。好きですよ、と答える。あの夜より必死で強くて、少しみっともない。だけどデイダラはその言葉を噛みしめるように目を閉じて、じんわりと互いの体温を伝え合うように額を合わせていた。
「好きだ。もう不安に思うな、ちゃんとするから」
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