万華鏡
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後に、デイダラは任務が立て込んでいるとかで遊郭には滅多に姿を現さなくなった。月子はなかなか会えないデイダラを想い悶々とした日々を過ごしたが、彼に幾度か抱かれて、互いにはにかんで切なかった夜の思い出を何度も思い返して耐えた。
そのうち客として来ている忍やほかの暁の者と過ごした遊女から噂だけは流れ込んでくる。暁には若い女が入って、デイダラととても親しそうだとか。その女とデイダラを七夕祭りで見かけたとか。
それでも彼と自分の結びつきは強いのだと、何の根拠もなく信じていた。
姐さん遊女におつかいを頼まれて街へ出てきた月子は、本当に久しぶりにデイダラを見かけた。彼は誰かと言葉を交わしてはくるくる表情を変え、屋台に引き寄せられていくその誰かに呆れながらも、その様子を眺めて穏やかに佇んでいる。随分と打ち解け落ち着いた雰囲気だ。誰かと一緒なのだろうか。人ごみに流されそうになりながらも、再会に胸を弾ませながら彼のもとへ駆けていく。
「お、桔梗?久しぶりだな!うん」
声をかける前にデイダラは気づいてくれた。
「しばらく見ないうちに大人っぽくなったな」
「しばらくったってそんなでもないでしょう……水の国に行ってたんですってね。おかえりなさい」
「ああ、そんなに会ってなかったっけな?トビがお前んとこの話をよくするからオイラも行った気になっちまったんだな、うん。また新入り連れて世話になるかもな」
そうしたらきっとまたデイダラに抱かれるのだ、と思って月子の体は火照った。たとえお金を積まれての逢瀬でも、相手がデイダラならばその日が待ち遠しい。
「その後はどうだ。体は辛くねえか」
デイダラの優しい言葉に、月子の胸が甘く疼く。
「全然平気。あたし今売れっ子で、安い男のためにすり減らしてないからね」
「そっか」
歯を見せて笑う、この顔が見たかった。
その時、デイダラは月子の肩越しに向こうを見て目を丸くする。
「なっ……!おっまえ、こんなに饅頭買ってどうすんだよ?全部食べ切れんのか!オイラは手伝わねぇからな……あ、だからってほかの奴らに配るんじゃねーぞ、調子乗るからなっ」
えーなんでですか、と声を上げながらやってきたのは、おそらく月子と同年代くらいの女だった。いい匂いのする焼きたての饅頭を袋いっぱいに抱えている。こんにちは、と月子に気づいて笑いかける。
「って……プッハハハ!!お前、もう一つ食ってきたんだろ?口の端にあんこ付けやがって、ったく、どんだけ好きなんだよ……」
誰か一人に向けてこんなに楽しそうに笑うデイダラを、月子は初めて見た。悪戯っぽい笑顔や気障な笑みは何度も見たが……さて、この女は何なのだと思う。女の口の端についたあんこを親指でぬぐって、デイダラは自分の口へと運ぶ。あまいなあと笑うデイダラに、顔を赤くして怒る女。もう、お知り合いの方がいらっしゃるんじゃないんですか、と月子のほうをちらと見て恥ずかしそうに声を潜めた。
「あっ、ああ、そうだったな悪ィ。こいつ、暁の新入りで、オイラの下で働いてんだ」
彼女がそうだったか。なんてことはない体も顔も素朴な少女だが、小さな白い花のような愛らしさがある。初めましてと丁寧に頭を下げる彼女に、桔梗です、と名乗り軽く会釈をした。
「えーっと、桔梗は……たまに呼ばれる宴会で使ってる店の遊女で、まあ、仲良くさせてもらってる」
妙に歯切れ悪い紹介をするデイダラに、それでも遊女と言う単語は引っかかったのであろう。えっ?と頓狂な声を上げる彼女。純真そうな顔から笑みが消えた。
「あ!仲良くってそういう意味じゃなくてだ……っ」
月子はすかさずデイダラの腕にするりと絡みついた。
「そういう意味でもしておりましたのに、水臭い。ねえ、また任務でお疲れの際にいらしてくださいね。ゆっくり、夜通しお話したいこともありますし」
胸を擦りあてて吐息交じりに言った。そのようにすれば男はみな蕩けるようになるのだが、デイダラは余計当惑していた。彼女を見ると、何か物思いをしている顔をしていたので、それはいい気味だった。自分だって目の前であんなに見せつけられたのだ、これくらいしたっていいだろう。ふ、と鼻を鳴らした。
そして後の宴会の夜、デイダラはとうとう自分を抱かなかったのだ。軽く言葉を交わしただけで、酒を飲み適当に料理をつまむとすぐに帰っていった。月子のデイダラへの気持ちを言わないまでもみな気づいていただろうから、同席していた姐さん遊女も驚いていた。相手にされなかったことが恥ずかしく、悲しかった。
「そりゃいけないねえ」
宴会から戻ってきた月子は、奥の大部屋に押し込められるようにしていた霧里姐さんに呼び止められた。もう十年も廓にいる大先輩の霧里に、話せと言われて月子は事の顛末を打ち明けた。
「それ、デイダラさんの女だろ。横恋慕かましちゃったわけだ」
「横恋慕はあっちの女じゃないですか」
「へぇ?デイダラさんがあんたのこと好きって言うたの?」
「言ったわ。今まで会った遊女の中では一番好きって言ってくださった」
「桔梗」
霧里は子供をあやす母親のようにゆっくりと名前を呼んだ。
「あたしたちは遊女だよ。客の言葉を真に受けちゃいけない。その言葉、廓の中では真でも外に出たら嘘みたいに消えちまうのさ。それに忍の男は、いずれ、死ぬかもしれない。あたしを見てごらん。これが、あんたの行き着く先だよ」
霧里にかつていた恋人は里の忍の一人だったが、闘いで命を落とした。霧里の腕には、恋人の後を追おうと自死を試みた大きな傷跡が残っている。その傷跡のせいで、かつて太夫として名を馳せるまでだったのに客を取れなくなった。いつまでも返せない借金に廓を出ることもできず、死ぬことも許されず、ただただ部屋で流れる時を過ごしている。盛況だった頃の美しさは見る影もなくなっていた。遊女が恋に身を滅ぼすとどうなるのか遊女たちに思い知らせるため、戒めのようにそこにいるのだった。
「だから、後悔しないように、わたしはデイダラさんを愛したいの」
月子は強く言った。霧里は目を閉じて息を吐く。
「あたしだって、そう思っていたさ」
ぽつりと老人のように呟く霧里の声は聞かなかったことにした。例え恋に破れたとてここまで落ちぶれるはずがあるものかと、様々な種類の苛立ちを覚えながら、月子は乱暴に廊下を歩き去った。