万華鏡
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「いつかわっちのこと、迎えにきてくれる?」
ふと思い出したその問いかけに、オイラは何と答えたんだったか。
時折通う遊郭での宴会で、白粉の頬をみるみる染め、赤く充血した目と視線が通った。それは座敷を後にしようと腰を上げたデイダラを見る遊女・桔梗の恨みがましい顔だ。今までこういう機会にその娘を抱いてきたデイダラは、この日遂に一度も触れることはなかった。もっとも彼女は引く手数多の遊女だから、他の誰かと夜を共にするだろうけれど。
桔梗とは体を重ねただけでなく、夜通し語ったこともあったし、デイダラのために有用な情報を客から聞きだしてくれたこともあった。多分、そういう中であの甘い台詞も聞いた。居心地のよくかわいい娘だとは思っていたが、客と遊女以上の関係ではなかった。少なくとも、デイダラにとっては。もう桔梗を抱けない理由を告げるべきだろうか、それともあの目も遊女の手練手管なのだろうかと思考を巡らせると、ある女の顔が思い浮かび、思わずううと声が漏れるのだった。
ややふらつく足でアジトの自室へ戻り、酒で焼けた喉に水が欲しいと思い立って井戸へ向かうと、おかえりなさい、と道中思い浮かんでいた顔の女が振り向き言った。行ってきた場所が場所だけに気まずい思いをしながらも、口煩い輩のいないこの時間に思いがけず会えたことに浮き足立った。“抱けない理由”が現れた、と思う。
「おう、ただいま。まだ起きてたのか。なにしてんだ?こんな時間まで」
喋ると思ったより呂律が回らなかった。おかえりなさいと言う彼女に近づくと、鼻に小皺を寄せて酒臭い、と顎を引くのがかわいい。自分の眉が下がり頬が緩むのがわかる。
「いいだろ別に……なあ、オイラのこと待ってたのかよ、うん」
ふるふる、と首を振られ、がくっと肩を落とす。
「お前な、冗談でも待ってたーとか、かわいいこと言えねえのかよ。いや冗談でも困るけどよ。ったく、色気のないやつ……」
色気のないという言葉が気に入らなかったのか饅頭のように頬を膨らませながら彼女は桶から汲んだ水を差し出した。デイダラはありがとうと一言、それをあおって、口の端から溢れた水を拭った。
「ふーん……じゃあお前はこんな時間に、こぉんな人気のない場所で、そんな風呂も浴びてさっぱりした格好で何してたんだよ」
ここまで言っても、なにかおかしいですか、と彼女は言う。既に背後の壁に手をついたこの両腕の中に閉じ込められて逃げ場はないことに、ちゃんと彼女は気づいているのだろうか。
「お前本っ当鈍いのな。……わからせてやろうか?」
そんなのは口実だけど。声を低めて顔を寄せようとしたその時、イタチさんは夜中によくいらっしゃるんですよ、とからっとした口調で言うお前。
「は、はあっ!?イタチ??」
雰囲気をぶち壊された挙句、他の男の名前、しかもあの気に入らない男の名を出されてかっとなる。
そんな心中も知らずに、あの方も夜遅くまで一人修行をしていらっしゃるので、とか、言う。
「どーりであのイタチが最近お前には甘いと思った!いつもここでそうやって会ってんのかよ、なかなかオイラの部屋に来やがらねぇと思ったら他の男と逢引か!恋仲になったんじゃないのかよ!?どーなんだよ、うん!」
早口でまくしたててしまったが、言わずにおれなかった。暁内で関係が明るみに出ないよう我慢しているのに、と、ぶっと頬が膨れた。オイラは桔梗という遊女についても、お前に気まずく申し訳なく思ったというのに。
デイダラさん、嫉妬?とまっすぐ見つめたまま彼女が言うので、ぐっと言葉に詰まる。饅頭がしぼむ。
「……当たり前だろ」
尖らせた唇からぼそりと答える。
まさか、あのイタチさんですよ、と。
「イタチだろうが何だろうが彼奴だって男だろが……あー……変に血ぃ昇って酒あがってきた……」
はあーっと深く息を吐きながらその場にしゃがみこんだ。追いかけるように目線を合わせてしゃがむ彼女。
いまさら喚いたことが照れ臭くなって、髪をくしゃくしゃと掻きむしった。
「……お前、本当にオレがいいのか?」
こんなに近くにいても届くだろうかというくらいの声量で問いかけたのが情けない。
彼女はきょとんとし、柔らかく微笑んで小首をかしげ少し照れたように、好きですよ、と言う。そのしぐさも声も、デイダラには堪らなく愛しい。
うなじから零れている髪を指で弄ると、くすぐったそうに身をよじる。そのまま首を引き寄せると、どちらからともなく唇を求めた。
オイラの好きと彼女の好きをもし測れたとしたら、その大きさは随分と違うのかもしれない。お前の屈託のない笑顔が好きだけれど、こんな劣情に苛まれることはないからそうやって笑えるのかも。手に余るほどの深い想いはないのかも。そう思うとより求めずにいられない。
「くち、開けろ」
ただただ目の前の彼女に夢中になって、桔梗のことはもう思い出さなかった。掠れた声で求めて、奪うような深い口づけを繰り返した。
ふと思い出したその問いかけに、オイラは何と答えたんだったか。
時折通う遊郭での宴会で、白粉の頬をみるみる染め、赤く充血した目と視線が通った。それは座敷を後にしようと腰を上げたデイダラを見る遊女・桔梗の恨みがましい顔だ。今までこういう機会にその娘を抱いてきたデイダラは、この日遂に一度も触れることはなかった。もっとも彼女は引く手数多の遊女だから、他の誰かと夜を共にするだろうけれど。
桔梗とは体を重ねただけでなく、夜通し語ったこともあったし、デイダラのために有用な情報を客から聞きだしてくれたこともあった。多分、そういう中であの甘い台詞も聞いた。居心地のよくかわいい娘だとは思っていたが、客と遊女以上の関係ではなかった。少なくとも、デイダラにとっては。もう桔梗を抱けない理由を告げるべきだろうか、それともあの目も遊女の手練手管なのだろうかと思考を巡らせると、ある女の顔が思い浮かび、思わずううと声が漏れるのだった。
ややふらつく足でアジトの自室へ戻り、酒で焼けた喉に水が欲しいと思い立って井戸へ向かうと、おかえりなさい、と道中思い浮かんでいた顔の女が振り向き言った。行ってきた場所が場所だけに気まずい思いをしながらも、口煩い輩のいないこの時間に思いがけず会えたことに浮き足立った。“抱けない理由”が現れた、と思う。
「おう、ただいま。まだ起きてたのか。なにしてんだ?こんな時間まで」
喋ると思ったより呂律が回らなかった。おかえりなさいと言う彼女に近づくと、鼻に小皺を寄せて酒臭い、と顎を引くのがかわいい。自分の眉が下がり頬が緩むのがわかる。
「いいだろ別に……なあ、オイラのこと待ってたのかよ、うん」
ふるふる、と首を振られ、がくっと肩を落とす。
「お前な、冗談でも待ってたーとか、かわいいこと言えねえのかよ。いや冗談でも困るけどよ。ったく、色気のないやつ……」
色気のないという言葉が気に入らなかったのか饅頭のように頬を膨らませながら彼女は桶から汲んだ水を差し出した。デイダラはありがとうと一言、それをあおって、口の端から溢れた水を拭った。
「ふーん……じゃあお前はこんな時間に、こぉんな人気のない場所で、そんな風呂も浴びてさっぱりした格好で何してたんだよ」
ここまで言っても、なにかおかしいですか、と彼女は言う。既に背後の壁に手をついたこの両腕の中に閉じ込められて逃げ場はないことに、ちゃんと彼女は気づいているのだろうか。
「お前本っ当鈍いのな。……わからせてやろうか?」
そんなのは口実だけど。声を低めて顔を寄せようとしたその時、イタチさんは夜中によくいらっしゃるんですよ、とからっとした口調で言うお前。
「は、はあっ!?イタチ??」
雰囲気をぶち壊された挙句、他の男の名前、しかもあの気に入らない男の名を出されてかっとなる。
そんな心中も知らずに、あの方も夜遅くまで一人修行をしていらっしゃるので、とか、言う。
「どーりであのイタチが最近お前には甘いと思った!いつもここでそうやって会ってんのかよ、なかなかオイラの部屋に来やがらねぇと思ったら他の男と逢引か!恋仲になったんじゃないのかよ!?どーなんだよ、うん!」
早口でまくしたててしまったが、言わずにおれなかった。暁内で関係が明るみに出ないよう我慢しているのに、と、ぶっと頬が膨れた。オイラは桔梗という遊女についても、お前に気まずく申し訳なく思ったというのに。
デイダラさん、嫉妬?とまっすぐ見つめたまま彼女が言うので、ぐっと言葉に詰まる。饅頭がしぼむ。
「……当たり前だろ」
尖らせた唇からぼそりと答える。
まさか、あのイタチさんですよ、と。
「イタチだろうが何だろうが彼奴だって男だろが……あー……変に血ぃ昇って酒あがってきた……」
はあーっと深く息を吐きながらその場にしゃがみこんだ。追いかけるように目線を合わせてしゃがむ彼女。
いまさら喚いたことが照れ臭くなって、髪をくしゃくしゃと掻きむしった。
「……お前、本当にオレがいいのか?」
こんなに近くにいても届くだろうかというくらいの声量で問いかけたのが情けない。
彼女はきょとんとし、柔らかく微笑んで小首をかしげ少し照れたように、好きですよ、と言う。そのしぐさも声も、デイダラには堪らなく愛しい。
うなじから零れている髪を指で弄ると、くすぐったそうに身をよじる。そのまま首を引き寄せると、どちらからともなく唇を求めた。
オイラの好きと彼女の好きをもし測れたとしたら、その大きさは随分と違うのかもしれない。お前の屈託のない笑顔が好きだけれど、こんな劣情に苛まれることはないからそうやって笑えるのかも。手に余るほどの深い想いはないのかも。そう思うとより求めずにいられない。
「くち、開けろ」
ただただ目の前の彼女に夢中になって、桔梗のことはもう思い出さなかった。掠れた声で求めて、奪うような深い口づけを繰り返した。
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