恋に落ちた吸血鬼
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―――それは遙か遠い昔のお話。
深い深い悪魔の森を抜けると、其処には恐ろしい吸血鬼が住む城があった。
吸血鬼は普段は城に引き篭もって姿を見せることはないが、美しい満月の夜になると、使いの者を引き連れて街へと繰り出し、高い能力を持つ魔術師や腕利きの戦士と戦いを繰り広げては、城へと連れ帰り不思議な魔法で吸血鬼の召使いへと変えてしまうという。
吸血鬼の姿は世にも奇妙で悍ましく、見たものは恐れおののき生きては帰れない。
歯向かう者は長い尻尾で串刺しにして一滴残らず血を吸われるか、仕込まれた毒に侵され死に至る、という話である。
人々は、そんな御伽噺のようでいて本当の話に怯え、満月の夜に出歩くものは一人としていなくなった。やがて街から人の姿は消えてなくなり、吸血鬼の城からやってきた悪霊たちが街を乗っ取り棲みつくようになってしまった。
このままではいけないと、助けを求めて逃げ込んできた人々の願いを受けて、森に住んでいる一人の魔女が、街と人々を救う為に立ち上がった。
とはいえ、相手は恐ろしい吸血鬼。
魔女は各国を渡り歩き、吸血鬼の呪いを解き封印するための呪文が記された古文書を集めては持ち帰り、日々研究と修行を重ねた。そうして、いよいよ吸血鬼の城へと乗り込むその日が訪れた。
アリスは魔女と呼ばれていても、まだ年端もいかぬ少女。一匹の猫の使いが付き添っていた。名前はアンジュ。アリスはアンジュを、たいそう可愛がって育てた。猫も、飼い主である魔女のことを心の底から尊敬し、愛していた。
出立の準備を整えてから寝床に就く前、アリスが暖炉の前で椅子に腰掛けて最後に呪文の確認をしている最中、アンジュはその足元に甘えるように擦り寄った。
「アリスさま、いよいよ明日ですにゃん」
「うん…アンジュ、いままで、よく辛い修行に付き合ってくれたわね。ありがとう」
「はぁい。アリスさまのためなら、どこへでも」
クルルと喉を鳴らして大好きな膝の上へと飛び乗る。柔らかくていい匂いのする胸元に顔を埋めるのが大好きな猫は、鼻を鳴らしながら顔を擦り寄せた。アリスも優しくアンジュの柔らかい背中を撫でさする。
「…でも、やっぱり怖いよぅ」
「そうね。わたしも、本当は怖くて堪らないわ。でも…みんなのために、今まで頑張ってきたんだから」
「そうですけどぉ。可愛いアリスさまを恐ろしい吸血鬼退治に向かわせるなんてぇ、あんまりにゃん。白馬に乗った王子様に会えるならともかく」
猫は膝の上で尻尾を揺らした。
「ああ。王子様、どこかにいないかにゃぁ」
「うふふ、アンジュはそればっかりね」
アリスはくすくすと微笑みながら、柔らかく揺れる尻尾に指を絡めて遊ぶ。
お年頃なアンジュは恋愛というものに興味津々で、事あるごとに、どこの国の誰と誰がデキているだの、色んなゴシップを仕入れてきて教えてくれる。アリスも興味が無いわけではないが、魔女としての使命を背負った自分にとっては当分無縁のものだと思っていた。
「だってぇ。恋も知らずに死んじゃうかもしれないなんてぇ、悲しすぎるにゃん」
「縁起でもないこと言わないでよ…わたしが貴方のことをきっと守ってみせるから。弱気にならないでね…」
アリスは柔らかに微笑んだ。
「ふええ、アリスさまぁ。アリスさまは恋したくにゃいの?」
「恋って……わたしには…よく分からないもの。いまは吸血鬼を退治することで頭がいっぱいだしね」
「そんなぁ」
「でもね…ちゃんと務めを果たしたら、アンジュにいいお相手が見つかるように、協力するからね」
「じゃあ吸血鬼をやっつけたら、アンジュがアリスさまにぴったりの人を探してあげるにゃん。アリスさまには、ちょっと強引なくらいの人がいいにゃん!」
「もう…アンジュったら。わたしのことはいいのに」
暖かい暖炉の火に包まれながら、明日への恐怖や緊張が少しばかり和らぐような楽しいひと時を過ごす。床に就いてからも、火が点いて止まらないアンジュの恋物語は明け方まで続くのであった。
夜明け前に出発の予定……であったはずなのだが、窓から差し込む明るい日差しに目を覚ますと、すっかり日が昇った頃。慌てて身支度を調えるも、アンジュはまだ毛布に包まり夢の中。体を揺すってみるものの、「王子様、いけませぇん」などと寝言を漏らしている。呑気にも夢の中でも恋物語の真っ最中らしい。少し可哀想とも思いながら、アリスは強めに揺すって耳元に声を掛ける。
「ちょ、ちょっとアンジュ、早く起きて! もう出発の時間を過ぎてるよ」
「ふえ? 王子様は?」
「もう。今日は吸血鬼を退治しに行くんでしょ?」
「あ、そうだった。えへへ。ごめんなさいにゃん」
悪びれる様子もなくノロノロと起き上がると、アンジュはようやく身支度を調え始める。前日に準備を整えていたおかげで、直ぐに家から飛び出すことができたものの、決死覚悟の決戦の日に寝坊をするなんて、なんとも情け無い話である。箒に飛び乗って空を飛びながら、アリスは思わず溜息をついた。
悪魔の住む森を歩いて抜けるのは危険すぎるし、森を抜けてもトラップだらけの城壁までの道のりを潜り抜けるのは至難の業である。大抵の侵入者は、吸血鬼が仕掛けたトラップに掛かるか、使い魔の攻撃に逢い、城に辿り着けずに息絶えるという。
そこでアリスは、魔女の特性を生かして低空飛行で城へと近づく方法を選んだ。目立つのは間違いないが、飛行技術には自信があり、多少の危険があってもたどり着く自信があった。
森を超えると、空気が一変する。
空は真っ黒な雲に覆われて、薄紫の霧が辺り一帯に立ち込め始めた。遠くで雷鳴が鳴り響く。不穏な空気の中を進むと、一瞬で目の前が開け、吸血鬼が棲んでいるらしき城が現れた。思わず息を呑む。頑強な石積みの城壁に囲まれ、中央には天を突くような三本の尖塔が聳え立つ城。
その悍ましい様子にアンジュは身震いをしながらアリスにしがみ付く。
「ひいい…アリスさま、怖いにゃん。いかにも恐ろしい悪魔や怪物が飛び出して来そうにゃん」
「大丈夫よ、わたしが付いてるから。今まで、どんな苦難も二人で乗り越えてきたでしょう」
怯えるアンジュの頭を宥めるように優しく撫でさする。本当はアリスだって恐怖で逃げ出したい気持ちは同じなのだが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。人々のため、街のため、何とか竦みそうになる心と身体を奮い立たせる。
「うん。アリスさまと一緒なら大丈夫、どこまでも付いてくにゃん。一緒にがんばるにゃん」
「いい子ね。ありがとう、アンジュ」
飛行速度を上げて、薄紫の霧を吹っ切るように城壁を登り、一気に入り口を目指す。途中にコウモリの群れに襲われそうになるが、魔法で弾き散らしていく。
時同じくして、城の尖塔の中腹に侵入者に警戒する二つの影があった。
「あれあれあれ? デイダラ先輩、なんか侵入者っぽい人が近付いてきますよぉ。アレって、噂の魔女っスかね」
「へッ…森に住んでる魔女がオイラたちに楯突こうって話らしいぞ、うん。隠居ババアの分際で一体どうしようってのかね…」
「え? マジっすか?」
影の一つが遠方を見るためのグラスを構える。
「見たところ全然婆さんって感じじゃないっスよ。ちょ、か、かわいい、マジでかわいいっすー!」
「あ? なーに寝惚けた事言ってんだ。んな事あるわけ……オイ、いいからそのグラス貸せよ、オイ、トビ!」
「マジやべーっす! あーっっ!!」
「うっせーな! んだよ?」
「魔女さんのナマ足……パンツ、おパンツが見えそうでーっ!」
「アァ!? いい加減にしろ! かーつッッ!!!」
ちゅどーん。
尖塔の中腹から、地響きを伴う凄まじい爆発音と共に、煙がモクモクと立ち上がった。
あまりの衝撃に、城の入り口を目指していたアリスも、その爆発に目を見張る。
一方、塔の最上階は静かなものだった。
そこにはワイングラスを傍らに置き、優雅に読書に耽る男が一人。その名はサソリ。
吸血鬼、と人間たちが呼んでいるその男の正体は、天才傀儡師。
捉えた人間を人傀儡に変える能力を持ち、傀儡にする際には綺麗に血抜きをして、臓物を抜き取り、皮を剥いで絡繰を仕込んでいく。その鮮やかな作業が吸血鬼と呼ばれる所以なのかもしれない。
部屋は窓から差し込む雷光が、並んだ傀儡たちを不気味に照らしている。
使い魔のコウモリから侵入者の情報を得るも、表情一つ変える事なく視線は開いた頁に落としたまま。
吸血鬼を封印できる、古来より何代も続く魔女の系譜がいるとは聞く。長い時の中で絶滅したという噂であったが、生き延びていたのか…と。グラスの中の赤黒い液体を屠り、口角を吊り上げる。
下賤な人間の血になど興味は湧かないが、魔女の血はどれほど甘美であるだろうか。想像するだけでゾクゾクと男の胸の奥底が騒めいた。
自分たちの方が人間よりもずっと高尚な能力を持つ生き物だというのに、きっと世間知らずの小娘が口車に乗せられ、吸血鬼退治を頼み込まれて此処に来たのだろう。強大な魔女の力を秘めた小娘を味わい、己のコレクションに。
その瞬間を思い、男は何百年振りかに昂ぶる感情を自覚したのだった。
深い深い悪魔の森を抜けると、其処には恐ろしい吸血鬼が住む城があった。
吸血鬼は普段は城に引き篭もって姿を見せることはないが、美しい満月の夜になると、使いの者を引き連れて街へと繰り出し、高い能力を持つ魔術師や腕利きの戦士と戦いを繰り広げては、城へと連れ帰り不思議な魔法で吸血鬼の召使いへと変えてしまうという。
吸血鬼の姿は世にも奇妙で悍ましく、見たものは恐れおののき生きては帰れない。
歯向かう者は長い尻尾で串刺しにして一滴残らず血を吸われるか、仕込まれた毒に侵され死に至る、という話である。
人々は、そんな御伽噺のようでいて本当の話に怯え、満月の夜に出歩くものは一人としていなくなった。やがて街から人の姿は消えてなくなり、吸血鬼の城からやってきた悪霊たちが街を乗っ取り棲みつくようになってしまった。
このままではいけないと、助けを求めて逃げ込んできた人々の願いを受けて、森に住んでいる一人の魔女が、街と人々を救う為に立ち上がった。
とはいえ、相手は恐ろしい吸血鬼。
魔女は各国を渡り歩き、吸血鬼の呪いを解き封印するための呪文が記された古文書を集めては持ち帰り、日々研究と修行を重ねた。そうして、いよいよ吸血鬼の城へと乗り込むその日が訪れた。
アリスは魔女と呼ばれていても、まだ年端もいかぬ少女。一匹の猫の使いが付き添っていた。名前はアンジュ。アリスはアンジュを、たいそう可愛がって育てた。猫も、飼い主である魔女のことを心の底から尊敬し、愛していた。
出立の準備を整えてから寝床に就く前、アリスが暖炉の前で椅子に腰掛けて最後に呪文の確認をしている最中、アンジュはその足元に甘えるように擦り寄った。
「アリスさま、いよいよ明日ですにゃん」
「うん…アンジュ、いままで、よく辛い修行に付き合ってくれたわね。ありがとう」
「はぁい。アリスさまのためなら、どこへでも」
クルルと喉を鳴らして大好きな膝の上へと飛び乗る。柔らかくていい匂いのする胸元に顔を埋めるのが大好きな猫は、鼻を鳴らしながら顔を擦り寄せた。アリスも優しくアンジュの柔らかい背中を撫でさする。
「…でも、やっぱり怖いよぅ」
「そうね。わたしも、本当は怖くて堪らないわ。でも…みんなのために、今まで頑張ってきたんだから」
「そうですけどぉ。可愛いアリスさまを恐ろしい吸血鬼退治に向かわせるなんてぇ、あんまりにゃん。白馬に乗った王子様に会えるならともかく」
猫は膝の上で尻尾を揺らした。
「ああ。王子様、どこかにいないかにゃぁ」
「うふふ、アンジュはそればっかりね」
アリスはくすくすと微笑みながら、柔らかく揺れる尻尾に指を絡めて遊ぶ。
お年頃なアンジュは恋愛というものに興味津々で、事あるごとに、どこの国の誰と誰がデキているだの、色んなゴシップを仕入れてきて教えてくれる。アリスも興味が無いわけではないが、魔女としての使命を背負った自分にとっては当分無縁のものだと思っていた。
「だってぇ。恋も知らずに死んじゃうかもしれないなんてぇ、悲しすぎるにゃん」
「縁起でもないこと言わないでよ…わたしが貴方のことをきっと守ってみせるから。弱気にならないでね…」
アリスは柔らかに微笑んだ。
「ふええ、アリスさまぁ。アリスさまは恋したくにゃいの?」
「恋って……わたしには…よく分からないもの。いまは吸血鬼を退治することで頭がいっぱいだしね」
「そんなぁ」
「でもね…ちゃんと務めを果たしたら、アンジュにいいお相手が見つかるように、協力するからね」
「じゃあ吸血鬼をやっつけたら、アンジュがアリスさまにぴったりの人を探してあげるにゃん。アリスさまには、ちょっと強引なくらいの人がいいにゃん!」
「もう…アンジュったら。わたしのことはいいのに」
暖かい暖炉の火に包まれながら、明日への恐怖や緊張が少しばかり和らぐような楽しいひと時を過ごす。床に就いてからも、火が点いて止まらないアンジュの恋物語は明け方まで続くのであった。
夜明け前に出発の予定……であったはずなのだが、窓から差し込む明るい日差しに目を覚ますと、すっかり日が昇った頃。慌てて身支度を調えるも、アンジュはまだ毛布に包まり夢の中。体を揺すってみるものの、「王子様、いけませぇん」などと寝言を漏らしている。呑気にも夢の中でも恋物語の真っ最中らしい。少し可哀想とも思いながら、アリスは強めに揺すって耳元に声を掛ける。
「ちょ、ちょっとアンジュ、早く起きて! もう出発の時間を過ぎてるよ」
「ふえ? 王子様は?」
「もう。今日は吸血鬼を退治しに行くんでしょ?」
「あ、そうだった。えへへ。ごめんなさいにゃん」
悪びれる様子もなくノロノロと起き上がると、アンジュはようやく身支度を調え始める。前日に準備を整えていたおかげで、直ぐに家から飛び出すことができたものの、決死覚悟の決戦の日に寝坊をするなんて、なんとも情け無い話である。箒に飛び乗って空を飛びながら、アリスは思わず溜息をついた。
悪魔の住む森を歩いて抜けるのは危険すぎるし、森を抜けてもトラップだらけの城壁までの道のりを潜り抜けるのは至難の業である。大抵の侵入者は、吸血鬼が仕掛けたトラップに掛かるか、使い魔の攻撃に逢い、城に辿り着けずに息絶えるという。
そこでアリスは、魔女の特性を生かして低空飛行で城へと近づく方法を選んだ。目立つのは間違いないが、飛行技術には自信があり、多少の危険があってもたどり着く自信があった。
森を超えると、空気が一変する。
空は真っ黒な雲に覆われて、薄紫の霧が辺り一帯に立ち込め始めた。遠くで雷鳴が鳴り響く。不穏な空気の中を進むと、一瞬で目の前が開け、吸血鬼が棲んでいるらしき城が現れた。思わず息を呑む。頑強な石積みの城壁に囲まれ、中央には天を突くような三本の尖塔が聳え立つ城。
その悍ましい様子にアンジュは身震いをしながらアリスにしがみ付く。
「ひいい…アリスさま、怖いにゃん。いかにも恐ろしい悪魔や怪物が飛び出して来そうにゃん」
「大丈夫よ、わたしが付いてるから。今まで、どんな苦難も二人で乗り越えてきたでしょう」
怯えるアンジュの頭を宥めるように優しく撫でさする。本当はアリスだって恐怖で逃げ出したい気持ちは同じなのだが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。人々のため、街のため、何とか竦みそうになる心と身体を奮い立たせる。
「うん。アリスさまと一緒なら大丈夫、どこまでも付いてくにゃん。一緒にがんばるにゃん」
「いい子ね。ありがとう、アンジュ」
飛行速度を上げて、薄紫の霧を吹っ切るように城壁を登り、一気に入り口を目指す。途中にコウモリの群れに襲われそうになるが、魔法で弾き散らしていく。
時同じくして、城の尖塔の中腹に侵入者に警戒する二つの影があった。
「あれあれあれ? デイダラ先輩、なんか侵入者っぽい人が近付いてきますよぉ。アレって、噂の魔女っスかね」
「へッ…森に住んでる魔女がオイラたちに楯突こうって話らしいぞ、うん。隠居ババアの分際で一体どうしようってのかね…」
「え? マジっすか?」
影の一つが遠方を見るためのグラスを構える。
「見たところ全然婆さんって感じじゃないっスよ。ちょ、か、かわいい、マジでかわいいっすー!」
「あ? なーに寝惚けた事言ってんだ。んな事あるわけ……オイ、いいからそのグラス貸せよ、オイ、トビ!」
「マジやべーっす! あーっっ!!」
「うっせーな! んだよ?」
「魔女さんのナマ足……パンツ、おパンツが見えそうでーっ!」
「アァ!? いい加減にしろ! かーつッッ!!!」
ちゅどーん。
尖塔の中腹から、地響きを伴う凄まじい爆発音と共に、煙がモクモクと立ち上がった。
あまりの衝撃に、城の入り口を目指していたアリスも、その爆発に目を見張る。
一方、塔の最上階は静かなものだった。
そこにはワイングラスを傍らに置き、優雅に読書に耽る男が一人。その名はサソリ。
吸血鬼、と人間たちが呼んでいるその男の正体は、天才傀儡師。
捉えた人間を人傀儡に変える能力を持ち、傀儡にする際には綺麗に血抜きをして、臓物を抜き取り、皮を剥いで絡繰を仕込んでいく。その鮮やかな作業が吸血鬼と呼ばれる所以なのかもしれない。
部屋は窓から差し込む雷光が、並んだ傀儡たちを不気味に照らしている。
使い魔のコウモリから侵入者の情報を得るも、表情一つ変える事なく視線は開いた頁に落としたまま。
吸血鬼を封印できる、古来より何代も続く魔女の系譜がいるとは聞く。長い時の中で絶滅したという噂であったが、生き延びていたのか…と。グラスの中の赤黒い液体を屠り、口角を吊り上げる。
下賤な人間の血になど興味は湧かないが、魔女の血はどれほど甘美であるだろうか。想像するだけでゾクゾクと男の胸の奥底が騒めいた。
自分たちの方が人間よりもずっと高尚な能力を持つ生き物だというのに、きっと世間知らずの小娘が口車に乗せられ、吸血鬼退治を頼み込まれて此処に来たのだろう。強大な魔女の力を秘めた小娘を味わい、己のコレクションに。
その瞬間を思い、男は何百年振りかに昂ぶる感情を自覚したのだった。
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