ハツコイアザミ
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夜更けの雪は音を飲み込み、深々と降り積もりゆく雪片は足元に転がる死体に
やがてその温度も失われあと数刻もすればこれらの名残も雪が美しく覆い隠すだろう。
夜更けの雪は音を飲み込み、降り積もる白は命の終わりすら静かに包み込む。
足元に転がる屍に降りかかる雪片は、かすかな体温に触れてはすぐに溶け、しとどに湿る。
淡い蒸気がいまだ立ちのぼるのは、彼らがほんの今しがたまで“生きていた”という、確かな証であった。
だが、やがてそれも冷え切り、あと数刻もすれば、ここにあったすべてを雪が覆い隠す。
無意味な死。
その価値を量る感情など、とうに持ち合わせていない。
ヒルコの背から、何の感慨もなく全滅させた部隊を見下ろしていたその時――
……ふと、空気が揺れた。
風はないはずだった。
だというのに、微かな、在ってはならぬ違和の気配が空間を震わせる。
顔を上げる。
白銀の世界に、ふわりと浮かぶ一色の碧。
「……蝶。」
確かに、それは“口寄せ”。
この静謐な空に、違和感なく溶け込みながら、確かに存在を放っている。
懐かしい術式。あの蝶の感触――
思い当たる術者が、一人だけいる。
己の周囲を柔らかく舞う蝶は、まるで蜜を求めるかのように、ゆらりゆらりと導くような軌道を描く。
導かれるままに、森の奥へと足を向けた。
途中、気配を潜ませていた伏兵の存在を察知。
姿を見せる間もなく、仕掛けを浴びせては薙ぎ倒す。
感情はない。ただ、駆動と判断の積み重ね。
少し先――森の開けた場所。
そこに、まとまった気配。そして、一つ、ずば抜けて大きいチャクラ。
チッ……餓鬼の使いか。
舌打ちが、無音の雪に吸い込まれる。
ヒルコの脚部が、雪を踏み締めて規則正しく進んでいく。
静寂の中に、ざ、ざ、ざと機構音が響く。
視界が開け、敵の小隊と鉢合わせた。
先頭に出たのは、線の細い若い女。黒づくめ。
その身を守るように、先の蝶が幾重にも舞っている。
あれは、やはり――
雪の中で碧が舞う。美しい。芸術性さえ感じる光景だ。
やがて女が、こちらへ声を放った。
凛とした、芯を張った声だった。
「赤砂のサソリ……ここから先へは進ませない……」
その言葉を合図に、雪が風に巻かれ、頬を刺す。
生き物の熱を奪い取ろうとするように。
駆動に異常が出る前に――さっさと終わらせるか。
片手を持ち上げ、氷のような笑みを口元に浮かべる。
「俺が進まなくとも、邪魔者を蹴散らすことは簡単だ。」
風が止まった、その刹那。
指をク、と上へ。
雪の地面から突如跳ね上がる傀儡の腕。
鋭利な刃が閃き、女の背後の部隊へと切りかかる。
遅い。
刃が空気を裂き、護衛たちの手首、足首が斬り落とされる。
悲鳴。呻き。
だが、それも束の間。毒が神経を蝕み、命を削り、やがて呻きも止む。
「くっ……毒か……!」
数分も経たぬうちに、皆、物言わぬ骸と化す。
血の花が白に散る様は、一瞬の美しさを持ち、次第に雪がそれを塗り潰していく。
その様子を、興味深く眺めていた。
美しい――その瞬間だけは。
やがて、風が静かに止む。
女が、仲間の治療を捨て、こちらへと正対する。
その動きに、彼女は頭巾を取った。
風に舞う、漆黒の長い髪。
現れた顔――
それは記憶を刺激する。
まるで人形のように整った顔立ち。
腰に届くほどの黒髪。
そして――蝶のように澄んだ、瑠璃の瞳。
「……やはり、お前か。……。」
その名を呼び、サソリの声がわずかに震えた。
女は雪の中、静かに頭を下げる。
「覚えておいででしたか。……何時ぞやは、世話になりました。サソリさま。」
ヒルコの中――仮面に隠された彼の表情が、わずかに動いた。
意外にも、その感情は“懐かしさ”に近かった。
かつて部下として育てた少女。
自分の技術を惜しみなく吸収し、傀儡とは何かを問うてきた、あの瞳。
「……裏切った理由を、聞く気はない。だが……」
声を落とし、ヒルコの中でサソリは瞼を閉じた。
「……お前がまだ、傀儡でなかったことは――少しだけ、惜しいと思った。」
雪が、また一層深く降り積もっていく。
今はもう、敵と敵。
けれど、かつて交わした絆の残滓は、ただ静かに、白の中に沈んでいく。
やがてその温度も失われあと数刻もすればこれらの名残も雪が美しく覆い隠すだろう。
夜更けの雪は音を飲み込み、降り積もる白は命の終わりすら静かに包み込む。
足元に転がる屍に降りかかる雪片は、かすかな体温に触れてはすぐに溶け、しとどに湿る。
淡い蒸気がいまだ立ちのぼるのは、彼らがほんの今しがたまで“生きていた”という、確かな証であった。
だが、やがてそれも冷え切り、あと数刻もすれば、ここにあったすべてを雪が覆い隠す。
無意味な死。
その価値を量る感情など、とうに持ち合わせていない。
ヒルコの背から、何の感慨もなく全滅させた部隊を見下ろしていたその時――
……ふと、空気が揺れた。
風はないはずだった。
だというのに、微かな、在ってはならぬ違和の気配が空間を震わせる。
顔を上げる。
白銀の世界に、ふわりと浮かぶ一色の碧。
「……蝶。」
確かに、それは“口寄せ”。
この静謐な空に、違和感なく溶け込みながら、確かに存在を放っている。
懐かしい術式。あの蝶の感触――
思い当たる術者が、一人だけいる。
己の周囲を柔らかく舞う蝶は、まるで蜜を求めるかのように、ゆらりゆらりと導くような軌道を描く。
導かれるままに、森の奥へと足を向けた。
途中、気配を潜ませていた伏兵の存在を察知。
姿を見せる間もなく、仕掛けを浴びせては薙ぎ倒す。
感情はない。ただ、駆動と判断の積み重ね。
少し先――森の開けた場所。
そこに、まとまった気配。そして、一つ、ずば抜けて大きいチャクラ。
チッ……餓鬼の使いか。
舌打ちが、無音の雪に吸い込まれる。
ヒルコの脚部が、雪を踏み締めて規則正しく進んでいく。
静寂の中に、ざ、ざ、ざと機構音が響く。
視界が開け、敵の小隊と鉢合わせた。
先頭に出たのは、線の細い若い女。黒づくめ。
その身を守るように、先の蝶が幾重にも舞っている。
あれは、やはり――
雪の中で碧が舞う。美しい。芸術性さえ感じる光景だ。
やがて女が、こちらへ声を放った。
凛とした、芯を張った声だった。
「赤砂のサソリ……ここから先へは進ませない……」
その言葉を合図に、雪が風に巻かれ、頬を刺す。
生き物の熱を奪い取ろうとするように。
駆動に異常が出る前に――さっさと終わらせるか。
片手を持ち上げ、氷のような笑みを口元に浮かべる。
「俺が進まなくとも、邪魔者を蹴散らすことは簡単だ。」
風が止まった、その刹那。
指をク、と上へ。
雪の地面から突如跳ね上がる傀儡の腕。
鋭利な刃が閃き、女の背後の部隊へと切りかかる。
遅い。
刃が空気を裂き、護衛たちの手首、足首が斬り落とされる。
悲鳴。呻き。
だが、それも束の間。毒が神経を蝕み、命を削り、やがて呻きも止む。
「くっ……毒か……!」
数分も経たぬうちに、皆、物言わぬ骸と化す。
血の花が白に散る様は、一瞬の美しさを持ち、次第に雪がそれを塗り潰していく。
その様子を、興味深く眺めていた。
美しい――その瞬間だけは。
やがて、風が静かに止む。
女が、仲間の治療を捨て、こちらへと正対する。
その動きに、彼女は頭巾を取った。
風に舞う、漆黒の長い髪。
現れた顔――
それは記憶を刺激する。
まるで人形のように整った顔立ち。
腰に届くほどの黒髪。
そして――蝶のように澄んだ、瑠璃の瞳。
「……やはり、お前か。……。」
その名を呼び、サソリの声がわずかに震えた。
女は雪の中、静かに頭を下げる。
「覚えておいででしたか。……何時ぞやは、世話になりました。サソリさま。」
ヒルコの中――仮面に隠された彼の表情が、わずかに動いた。
意外にも、その感情は“懐かしさ”に近かった。
かつて部下として育てた少女。
自分の技術を惜しみなく吸収し、傀儡とは何かを問うてきた、あの瞳。
「……裏切った理由を、聞く気はない。だが……」
声を落とし、ヒルコの中でサソリは瞼を閉じた。
「……お前がまだ、傀儡でなかったことは――少しだけ、惜しいと思った。」
雪が、また一層深く降り積もっていく。
今はもう、敵と敵。
けれど、かつて交わした絆の残滓は、ただ静かに、白の中に沈んでいく。