ハツコイアザミ
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一日中降り続いた雨がようやく上がり、わずかに覗いた夕空も、日が落ちればすぐに沈黙へと帰していった。気温はぐんと下がり、空は灰色の雲で覆われ、そこから小さな雪の粒が静かに舞い落ちる。
山も、木々も、息遣いさえ凍てつくほど白く染め上げられ、あらゆる輪郭が滲んでいく世界。
女は装束の肩に積もった雪を払い、かじかんだ手をこすり合わせた。
――今日に限って、天は味方してはくれない。
任務は、里に古くから伝わる“尾獣”に関する極秘の巻物の護衛。
それは、この崖下の洞窟に封じられており、幾重にも結界が張られた難攻不落の地。だが、それでもなお、狙う者は現れる。今夜、敵は――暁。あの忌むべき名が再び耳に届いた時、女の胸に死んだはずの熱が疼いた。
嘘を吐いて去った男。
何も告げず、振り返らず、ただ背を向けて消えた。
それでも。
声も、瞳も、傀儡を操る優雅な指先も、昨日のことのように思い出せる。
離れたのは彼女自身の決断だった。傀儡となるには心が足りなかった。
あの人の傍にいれば、忍ではいられない。そう悟って、里の命に従うふりをして、側を去った。
…けれど、後悔は…無い、と言い切れるほど強くはなれなかった。
はっとして、意識を外へ戻す。
偵察に出た隊が戻らない。口寄せの蝶を飛ばすと、風を受けたそれはゆるやかに崖を越えて森へと舞い降りた。
そして見えたのは、倒れた仲間たちの姿。傷は無く、毒針か――いや、あれは確かに、彼の傀儡の手口。蝶の視界の先に現れたその影に、女は思わず名を漏らした。
「……サソリ様……」
蝶の羽が光を受けて青く煌めく。
まるで女の胸のうちを映すかのように、ゆらりと男の周囲を舞い、警告するようにその場にとどまった。
彼からはもう、逃げられない。
息を吐き、指先に熱を戻す。腰に携えたクナイを抜き、気配を殺して森の開けた一角へと足を運ぶ。
彼はそこにいた。
闇の中で、朱の雲をあしらった黒い外套が風に揺れている。
雪の帳に溶け込みながら、それでも確かな存在感を放つその姿があった。
山も、木々も、息遣いさえ凍てつくほど白く染め上げられ、あらゆる輪郭が滲んでいく世界。
女は装束の肩に積もった雪を払い、かじかんだ手をこすり合わせた。
――今日に限って、天は味方してはくれない。
任務は、里に古くから伝わる“尾獣”に関する極秘の巻物の護衛。
それは、この崖下の洞窟に封じられており、幾重にも結界が張られた難攻不落の地。だが、それでもなお、狙う者は現れる。今夜、敵は――暁。あの忌むべき名が再び耳に届いた時、女の胸に死んだはずの熱が疼いた。
嘘を吐いて去った男。
何も告げず、振り返らず、ただ背を向けて消えた。
それでも。
声も、瞳も、傀儡を操る優雅な指先も、昨日のことのように思い出せる。
離れたのは彼女自身の決断だった。傀儡となるには心が足りなかった。
あの人の傍にいれば、忍ではいられない。そう悟って、里の命に従うふりをして、側を去った。
…けれど、後悔は…無い、と言い切れるほど強くはなれなかった。
はっとして、意識を外へ戻す。
偵察に出た隊が戻らない。口寄せの蝶を飛ばすと、風を受けたそれはゆるやかに崖を越えて森へと舞い降りた。
そして見えたのは、倒れた仲間たちの姿。傷は無く、毒針か――いや、あれは確かに、彼の傀儡の手口。蝶の視界の先に現れたその影に、女は思わず名を漏らした。
「……サソリ様……」
蝶の羽が光を受けて青く煌めく。
まるで女の胸のうちを映すかのように、ゆらりと男の周囲を舞い、警告するようにその場にとどまった。
彼からはもう、逃げられない。
息を吐き、指先に熱を戻す。腰に携えたクナイを抜き、気配を殺して森の開けた一角へと足を運ぶ。
彼はそこにいた。
闇の中で、朱の雲をあしらった黒い外套が風に揺れている。
雪の帳に溶け込みながら、それでも確かな存在感を放つその姿があった。
1/5ページ