つまり、愛してるってことさ
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「作りすぎたからもらってくれない?」
そう、言われて手作りのガトーショコラを渡されたことがあった。
――そういえば、甘いものが苦手なのだと伝えるのを忘れていたな――
そんなことを思いながら、それでも少なからず好意を持っている相手からの差し入れを断る選択肢は端から存在などはしなかった。
……まぁ、言葉少なにラッピングされたパッケージを受け取った俺の表情を読んだのか。はたまたお節介な誰かにオレの食の好みを聞いたのか。それ以降アキが作りすぎたのだと言って甘いものを差し入れてくる事はなかったが。ただ、その時食べたガトーショコラの舌に重く絡みつく甘さがまるで彼女のようだと思ったことだけをやけによく覚えていた。
▽
「昔、一度だけガトーショコラを作ってくれたことがあったよな」
唐突な発言に特に、理由なんてものはなかった。
その問いかけは会話と会話の継ぎ目のようなそれでしかなく。 ただ、なんとなくその時口にしたショコラの重くて甘い味を思い出したのも事実だった。
「……あぁ…」
あったわねぇ、そんなこと。
熱い紅茶の入ったペーパーカップを両手で抱えて、唇で温度を確かめるように琥珀色の液体に口をつける彼女が深い、記憶の海を探るような少しだけ遠い目をして小さく頷いた。
こいつに飲み物を奢るときはオレと同じコーヒーよりも紅茶の方が嬉しい顔をする。コーヒーも飲めなくはないらしいがブラックは進んでは飲まず、ミルクをたっぷりと入れてしまうのだと教えられたのも今となっては昔の話だ。子供舌なのね。と眉を下げて笑った顔が日系人らしい若い顔を少しだけ年相応の女性の顔にすることも、その時に初めて知った。
「キースが甘いものが苦手なのに押し付けちゃったやつでしょう」
「別に押し付けられた、なんて思っちゃいなかったけどさ」
穏やかな調子の声に合わせて彼女の緑色の瞳が柔らかく緩む。オレのくすんだピスタチオグリーンをあいつは「お揃いだね」なんて言ったりするが彼女の瞳はそんな埃を被ったようなイエローグリーンと比較するとずっと、深く、濃い色をしている。生きている色だ、なんて言ったら彼女はその深い色をした瞳をぱちりと瞬かせ、唇を軽く尖らせて首を傾げるのだろう。緩やかに変化するその表情が愛おしくて、好きだと、感じる。
「あの時はね」
「ん?……あぁ」
「ブラッドくんが、教えてくれたのよ」
キースは甘いものが得意じゃない。って
突然出てきた、よく知る同期の名前に少しだけ眉間にシワが寄る。あいつか。と少し疲れたような声が漏れて。それを聞いたアキがここに居なくても声が聞こえるって顔をしてる。と小さく笑った。
「……あいつそんなこと言ってたのか」
「わざわざ教えてくれた………と言うよりは会話の流れだったんだけれど」
──キースが受け取ったのか?あいつは甘いものが嫌いなはずだが。って
当時、ブラッドに言われた台詞をなぞるように女の唇がゆるゆると動く。声真似が特別似ているわけではないが、特徴だけは上手く捉えられたその行為に10年は違うあいつと彼女の付き合いの長さを思い知らされて……至極身勝手な話ではあるがなんだか少し胸が痛んだ。
「お前ら本当に仲いいよな」
「そう…かしら」
ほのかな痛みを呆れたような声音に混ぜて平静を装う。無理をして引きずり出した、揶揄うようなオレの言葉にアキは何かを考えるように口元に指を当てて首を小さく傾けた。夜が明け切る前の空を思わせるロイヤルブルーの短い髪がさらりと肩に流れて白くて小さな耳が露わになる。陽の光の差し込まない地下の書庫で1日を過ごす彼女の肌は暗闇の中だと薄く明るさを感じるほどに白い。ピアスも開けていない剥き出しの綺麗なそれに爪の先で触れてそっと指を滑らせる。耳の裏の辺りを軽くくすぐってやると女の喉の奥が小さく鳴った。白いばかりだった耳は血が集まったように真っ赤になって、いて
「……綺麗、だな」
「この状況でその言葉が出てくるのはどうかと思うわ……?」
思わず呟いた言葉に細い声で返したアキが目を伏せて視線を逸らす。冷たかった肌は上気してほの淡い桜色に変わっており、触れるとじわりと熱が灯る。
「……嫌か?」
「…………」
我ながら賢しい問いかけである自覚はあった。
ずるい人……と呟いたきり黙ってしまった彼女のそれを続行の許可だと受け取ってそのままふに、と耳朶を指で摘むように触れる。握りしめたままだったカップを取り上げてやると溢してしまう心配から解放されたのかとす、と脱力したように小さな頭が胸元に倒れ込んできた。
耳をなぞり、頬を撫で髪を梳く。
シャツの裾を心許なく握りめる細い指、自分に身体を預け切っている彼女を姿を見ているうちにさっきまでじわりと気持ちのどこかを染めていたもやりとした嫉妬がすっかりと、溶けてしまっていることに気がついた。あまりにも現金な事実に乾いた笑いが漏れる。怠そうに首をあげてこちらに問いかけるような目を向ける彼女になんでもないと小さく首を振って。片手に持っていた奪い取った紅茶のカップはサイドテーブルに置いてしまった。空になったもう一方の手で彼女の顔を隠されないように固定して、色づいた頬を撫でる。顎を辿って赤く染まった唇に触れる。紅が剥がれて自身の指に淡い桃色が移った。立ち上るような女の甘い香水の香りがあの日、舌に絡み付いた甘く、重いショコラの味を思い出させる。
ーー喉が、乾いたなーー
カップの紅茶は、もう冷めて仕舞った。
そう、言われて手作りのガトーショコラを渡されたことがあった。
――そういえば、甘いものが苦手なのだと伝えるのを忘れていたな――
そんなことを思いながら、それでも少なからず好意を持っている相手からの差し入れを断る選択肢は端から存在などはしなかった。
……まぁ、言葉少なにラッピングされたパッケージを受け取った俺の表情を読んだのか。はたまたお節介な誰かにオレの食の好みを聞いたのか。それ以降アキが作りすぎたのだと言って甘いものを差し入れてくる事はなかったが。ただ、その時食べたガトーショコラの舌に重く絡みつく甘さがまるで彼女のようだと思ったことだけをやけによく覚えていた。
▽
「昔、一度だけガトーショコラを作ってくれたことがあったよな」
唐突な発言に特に、理由なんてものはなかった。
その問いかけは会話と会話の継ぎ目のようなそれでしかなく。 ただ、なんとなくその時口にしたショコラの重くて甘い味を思い出したのも事実だった。
「……あぁ…」
あったわねぇ、そんなこと。
熱い紅茶の入ったペーパーカップを両手で抱えて、唇で温度を確かめるように琥珀色の液体に口をつける彼女が深い、記憶の海を探るような少しだけ遠い目をして小さく頷いた。
こいつに飲み物を奢るときはオレと同じコーヒーよりも紅茶の方が嬉しい顔をする。コーヒーも飲めなくはないらしいがブラックは進んでは飲まず、ミルクをたっぷりと入れてしまうのだと教えられたのも今となっては昔の話だ。子供舌なのね。と眉を下げて笑った顔が日系人らしい若い顔を少しだけ年相応の女性の顔にすることも、その時に初めて知った。
「キースが甘いものが苦手なのに押し付けちゃったやつでしょう」
「別に押し付けられた、なんて思っちゃいなかったけどさ」
穏やかな調子の声に合わせて彼女の緑色の瞳が柔らかく緩む。オレのくすんだピスタチオグリーンをあいつは「お揃いだね」なんて言ったりするが彼女の瞳はそんな埃を被ったようなイエローグリーンと比較するとずっと、深く、濃い色をしている。生きている色だ、なんて言ったら彼女はその深い色をした瞳をぱちりと瞬かせ、唇を軽く尖らせて首を傾げるのだろう。緩やかに変化するその表情が愛おしくて、好きだと、感じる。
「あの時はね」
「ん?……あぁ」
「ブラッドくんが、教えてくれたのよ」
キースは甘いものが得意じゃない。って
突然出てきた、よく知る同期の名前に少しだけ眉間にシワが寄る。あいつか。と少し疲れたような声が漏れて。それを聞いたアキがここに居なくても声が聞こえるって顔をしてる。と小さく笑った。
「……あいつそんなこと言ってたのか」
「わざわざ教えてくれた………と言うよりは会話の流れだったんだけれど」
──キースが受け取ったのか?あいつは甘いものが嫌いなはずだが。って
当時、ブラッドに言われた台詞をなぞるように女の唇がゆるゆると動く。声真似が特別似ているわけではないが、特徴だけは上手く捉えられたその行為に10年は違うあいつと彼女の付き合いの長さを思い知らされて……至極身勝手な話ではあるがなんだか少し胸が痛んだ。
「お前ら本当に仲いいよな」
「そう…かしら」
ほのかな痛みを呆れたような声音に混ぜて平静を装う。無理をして引きずり出した、揶揄うようなオレの言葉にアキは何かを考えるように口元に指を当てて首を小さく傾けた。夜が明け切る前の空を思わせるロイヤルブルーの短い髪がさらりと肩に流れて白くて小さな耳が露わになる。陽の光の差し込まない地下の書庫で1日を過ごす彼女の肌は暗闇の中だと薄く明るさを感じるほどに白い。ピアスも開けていない剥き出しの綺麗なそれに爪の先で触れてそっと指を滑らせる。耳の裏の辺りを軽くくすぐってやると女の喉の奥が小さく鳴った。白いばかりだった耳は血が集まったように真っ赤になって、いて
「……綺麗、だな」
「この状況でその言葉が出てくるのはどうかと思うわ……?」
思わず呟いた言葉に細い声で返したアキが目を伏せて視線を逸らす。冷たかった肌は上気してほの淡い桜色に変わっており、触れるとじわりと熱が灯る。
「……嫌か?」
「…………」
我ながら賢しい問いかけである自覚はあった。
ずるい人……と呟いたきり黙ってしまった彼女のそれを続行の許可だと受け取ってそのままふに、と耳朶を指で摘むように触れる。握りしめたままだったカップを取り上げてやると溢してしまう心配から解放されたのかとす、と脱力したように小さな頭が胸元に倒れ込んできた。
耳をなぞり、頬を撫で髪を梳く。
シャツの裾を心許なく握りめる細い指、自分に身体を預け切っている彼女を姿を見ているうちにさっきまでじわりと気持ちのどこかを染めていたもやりとした嫉妬がすっかりと、溶けてしまっていることに気がついた。あまりにも現金な事実に乾いた笑いが漏れる。怠そうに首をあげてこちらに問いかけるような目を向ける彼女になんでもないと小さく首を振って。片手に持っていた奪い取った紅茶のカップはサイドテーブルに置いてしまった。空になったもう一方の手で彼女の顔を隠されないように固定して、色づいた頬を撫でる。顎を辿って赤く染まった唇に触れる。紅が剥がれて自身の指に淡い桃色が移った。立ち上るような女の甘い香水の香りがあの日、舌に絡み付いた甘く、重いショコラの味を思い出させる。
ーー喉が、乾いたなーー
カップの紅茶は、もう冷めて仕舞った。