第二章:生誕祭の舞踏会《後編》

会場が張り詰めた空気に包まれ、誰もが息を呑んだその時──。
二階の吹き抜けバルコニーから、低く、しかし驚くほどよく通る笑い声が、大理石の天井を震わせた。

​「はっはっは! 随分と威勢が良いな、レイモン侯爵。だが、私の生誕祭で、私が直々に招いた賓客を『不審者』呼ばわりされては、少々寝覚めが悪いのだがね?」

​全員がハッとして見上げると、そこには今夜の主役である宰相閣下が、楽しそうに銀の杯を傾けながら二人を見下ろしていた。

​「さ、宰相閣下……!? し、しかし、この男は没落したルブラン家の……!」

​顔を青白くさせたレイモンが、なおも食い下がろうと声を震わせる。
​しかし、宰相は冷ややかにそれを一蹴した。

​「没落? 爵位を返上したわけでもあるまいに、彼は正当なルブラン子爵だ。何より、今夜の主役たる私が、彼の父親との古い友誼ゆうぎで、ぜひにと招待状を贈ったのだよ。……私に、不満かね?」

​「──ッ!?」

その言葉に、レイモンは文字通り凍りついた。
​自分が最高権力者である宰相の顔に、衆人の面前で泥を塗ろうとしていたのだ。
その事実に気づいた瞬間、レイモンの顔から血の気が引き、全身が無様に震え出した。
周囲の貴族たちから、今度はレイモンに向けて、哀れみと蔑みの視線が突き刺さる。
宰相は、階下で涼しい顔をしているアルベールに向かってふっと悪戯っぽく微笑み、それからフロアの指揮者へと視線で合図を送った。

​「私の宴だ。野暮な騒ぎ立てではなく、美しいダンスで始めようじゃないか」

​その言葉で、機転を利かせた指揮者が鮮やかにタクトを振り下ろした。
大広間に鳴り響く、きらびやかで雄大なメヌエットの調べ。
レイモンの叫びは、一瞬で美しい旋律の彼方へとかき消された。
​屈辱と絶望でその場に立ち尽くすレイモンに、アルベールは一瞥いちべつもくれなかった。
彼はただ真っ直ぐにヴィクトワールだけを見つめ、完璧な仕草で右手を差し伸べる。

​「では、お嬢様。──参りましょう」
​「ええ、喜んで」

​ヴィクトワールはサファイアブルーのドレスの裾を美しく翻し、一切の迷いなく彼の手を取った。
二人がフロアの中央へとすっと滑り出した瞬間、大広間の空気が一変する。
没落子爵と侮られていたアルベールのステップは、現役のどの貴族よりも気高く、しなやかで、そして完璧だった。
息の合った二人のステップは、まるで一幅の絵画のようにフロアに大輪の華を咲かせていく。
さっきまで彼らを冷笑していた貴族たちも、二階から満足そうに眺める宰相も、ただただその圧倒的な美しさに見惚れ、息を呑むばかりだった。
レイモンの存在すら置き去りにして、二人は今、間違いなくこの夜の主役だった。
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