第二章:生誕祭の舞踏会《中編》

​一瞬、大広間の大理石のように、レイモン侯爵の表情が凍りついた。
周囲の貴族たちの視線が自分たちに集まるのを感じ、レイモンは引きつった笑みを浮かべ、必死に紳士の仮面を繋ぎ止める。

​「……おやおや、式部官も随分と粋な冗談を通したもののようだ。ルブラン子爵……いや、今は『衛兵殿』とお呼びすべきかな? ここは現・宰相閣下の厳かな生誕祝賀の席だ。君のような身分をわきまえぬ者が、公爵令嬢に近づくことさえ許される場ではないのだよ。早くお引き取りを」

​冷酷に格の違いを見せつけるようなレイモンの言葉に、周囲の貴族たちからフッと冷笑が漏れる。
レイモンは「勝った」と確信し、冷たい視線でアルベールを射抜いた。
しかし、アルベールはそんな侮辱など、露ほどにも気にしていない様子で、ただ真っ直ぐにヴィクトワールだけを見つめている。
アルベールの瞳が、いたずらっぽく細められた。

​「お連れ様が随分と賑やかなご様子。ですが、今夜の僕の主はあなただけです、ヴィクトワールお嬢様。……選ぶのは、あなただ」

​周囲のざわめきがピタりと止まり、全員の視線がヴィクトワールに集中する。
緊迫する空気の中、ヴィクトワールは冷ややかにレイモンを見つめ、それから──目の前で不敵に微笑むアルベールを見た。

​「ええ、約束ですものね。アルベール」

​ヴィクトワールは、レイモンが差し出していた右手を完全に無視し、アルベールの手の上に、自らの白い手袋に包まれた手をそっと重ねた。
会場中のあちこちから、同時に息を呑む音が漏れた。
完璧なエリートであるはずの自分を差し置いて、目の前で堂々と没落子爵の手を取られた──その事実が、彼の高慢な自尊心を粉々に打ち砕いた。
さっきまでの余裕に満ちた笑みは完全に消え失せ、彼の端正な顔は怒りで赤黒く染まっていく。
もはや、一流の貴族としての見栄も、紳士としての体裁も、彼には微塵も残っていなかった。

​「なっ……ヴィクトワール、 正気か!? 君はモントルシー公爵家の令嬢だぞ! なぜそんな、落ちぶれたコソ泥のような男の手を取る……!」

​裏返りそうな声を張り上げ、レイモンは狂ったように周囲を振り返った。

​「衛兵! 衛兵を呼べ! この不審者を今すぐつまみ出すのだ!!」

​静まり返った大広間に、レイモンの見苦しい怒声が痛々しく響き渡る。
誰もが憧れる若きエリート侯爵が、完全に『ただの怒れる男』へと成り下がった瞬間だった。
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