第三章:仮面の下のチェスゲーム
大広間のまばゆい光と、耳を圧するほどの大喝采が遠のいていく。
喧騒を離れ、月明かりだけが冷ややかに差し込む夜の回廊へ滑り込んだ瞬間、二人の間に流れる空気が一変した。
ヴィクトワールはパチン、と鮮やかに扇子を閉じ、その先端で静寂を切り裂くように彼を指す。
「踊って差し上げたわ。これで私達の『約束』は果たされたわけだけれど……」
アルベールは優雅に礼を返したが、その瞳は夜の闇を宿したまま微動だにしない。
「おやおや、あの大勢の中で僕の手を取ることを選んだのは、紛れもなくあなた自身でしょう? ……僕は、最高の報酬を頂戴した」
ヴィクトワールが踏み込む。
扇子の先が、彼の完璧な夜会服の胸元を容赦なく突いた。
「密書を知っていた理由は? なぜ私を逃がした? 役人たちが次々と捕らえられているというのに、なぜ我が公爵家にはまだ追っ手が来ないの? 宰相閣下が今夜、あなたを『古い友人の息子』と呼んだことも……これら全て、偶然だなんて言わせないわ。……あなたの本当の目的は何なの?」
アルベールは扇子の先を胸に受けたまま、彼女の耳元まで歩み寄る。
「聡明ですね。ですがお嬢様、真実という扉をすべて開けてしまえば……あなたの美しいサファイアのドレスは、たちまち国家反逆罪の囚人服に変わってしまう」
「……はぐらかさないで」
「僕がその気になれば、モントルシー公爵家を窮地へ追いやる証拠は、いつでも宰相閣下の机へ届けられる。……ですが、僕はまだそうしていない。なぜだと思います?」
彼は楽しげに目を細め、彼女の扇子を指先で優しく押しのけた。
ヴィクトワールは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
この男は私を救った英雄などではない。
私の、そして我が家の首根っこを優雅に掴み、いつでもへし折れる位置にいる──私と同じように仮面を被った危険な男なのだ。
けれど、激しく打ち鳴らされる鼓動の裏で、信じられないほどの高揚感が彼女を支配していく。
周囲の誰もが自分を「着飾った人形」としてしか見ない中、この男だけは、自分の隠した「牙」を正確に見抜き、対等なゲームのプレイヤーとして命がけで対峙している。
彼と対峙するこの危うい愉悦 こそが、自分がずっと求めていた、隠された本音なのだと気づかされる。
「金貨や地位なんて無粋なもの、僕には必要ない。僕が欲しいのは、こうしてあなたと密やかに、牙を剥き出しで化かし合っている……この『時間』そのものだと言ったら、あなたは信じますか?」
この男は、あえてすべてを奪うカードを握りながら、彼女の「隠したい本音」を鏡のように映し出しているのだ。
「……狂っているわ。あなたも、その誘いに乗った私も」
アルベールは一歩下がり、完璧な紳士の仮面を被り直す。
「最高の賛辞を。……あなたがその手綱を握り損ねないよう、僕も精一杯、ずる賢くあらせていただきますよ」
喧騒を離れ、月明かりだけが冷ややかに差し込む夜の回廊へ滑り込んだ瞬間、二人の間に流れる空気が一変した。
ヴィクトワールはパチン、と鮮やかに扇子を閉じ、その先端で静寂を切り裂くように彼を指す。
「踊って差し上げたわ。これで私達の『約束』は果たされたわけだけれど……」
アルベールは優雅に礼を返したが、その瞳は夜の闇を宿したまま微動だにしない。
「おやおや、あの大勢の中で僕の手を取ることを選んだのは、紛れもなくあなた自身でしょう? ……僕は、最高の報酬を頂戴した」
ヴィクトワールが踏み込む。
扇子の先が、彼の完璧な夜会服の胸元を容赦なく突いた。
「密書を知っていた理由は? なぜ私を逃がした? 役人たちが次々と捕らえられているというのに、なぜ我が公爵家にはまだ追っ手が来ないの? 宰相閣下が今夜、あなたを『古い友人の息子』と呼んだことも……これら全て、偶然だなんて言わせないわ。……あなたの本当の目的は何なの?」
アルベールは扇子の先を胸に受けたまま、彼女の耳元まで歩み寄る。
「聡明ですね。ですがお嬢様、真実という扉をすべて開けてしまえば……あなたの美しいサファイアのドレスは、たちまち国家反逆罪の囚人服に変わってしまう」
「……はぐらかさないで」
「僕がその気になれば、モントルシー公爵家を窮地へ追いやる証拠は、いつでも宰相閣下の机へ届けられる。……ですが、僕はまだそうしていない。なぜだと思います?」
彼は楽しげに目を細め、彼女の扇子を指先で優しく押しのけた。
ヴィクトワールは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
この男は私を救った英雄などではない。
私の、そして我が家の首根っこを優雅に掴み、いつでもへし折れる位置にいる──私と同じように仮面を被った危険な男なのだ。
けれど、激しく打ち鳴らされる鼓動の裏で、信じられないほどの高揚感が彼女を支配していく。
周囲の誰もが自分を「着飾った人形」としてしか見ない中、この男だけは、自分の隠した「牙」を正確に見抜き、対等なゲームのプレイヤーとして命がけで対峙している。
彼と対峙するこの危うい
「金貨や地位なんて無粋なもの、僕には必要ない。僕が欲しいのは、こうしてあなたと密やかに、牙を剥き出しで化かし合っている……この『時間』そのものだと言ったら、あなたは信じますか?」
この男は、あえてすべてを奪うカードを握りながら、彼女の「隠したい本音」を鏡のように映し出しているのだ。
「……狂っているわ。あなたも、その誘いに乗った私も」
アルベールは一歩下がり、完璧な紳士の仮面を被り直す。
「最高の賛辞を。……あなたがその手綱を握り損ねないよう、僕も精一杯、ずる賢くあらせていただきますよ」
