forget me not
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祭当日、ソーンは朝から嬉しそうだった。いつもより早起きをして手伝いも早く終わらせて。
そんなソーンを見ていると本当に兄が好きなんだな、と思う。
手伝いもソーンが一生懸命手伝ってくれたお陰で楽だった。
ソーンと一緒に王宮の入り口付近でアダムを待つ。
「行くのだな」
後ろから声が聞こえ振り向くと、女王だった。
「陛下、どうしてここに……!」
驚いてしまって言うと女王が笑った気配があった。
「偶々通りかかだけだ、楽しんでくるのだぞ、ソーン」
「はい! ありがとうございます」
やがて階段の下から見覚えのある姿。
アダムだ。ソーンはそれを見るなりすぐに駆け寄った。そんな二人を見てテレサは微笑む。
「二人とも、本当に嬉しそうですね……」
「そうだな。……しかし、おまえの外出は許可できない」
「はい、大丈夫です。この王宮でグラナートを守るのが私の使命ですから」
「テレサさん……!」
ソーンがアダムの手を引いて駆け寄ってきた。
「お祭りです! 一緒に行きませんか?」
ソーンの暖かい手が、テレサの手を引く。
「すいません、気持ちはとても嬉しいのですが。わたしは外出ができないので……」
それを言うと、ソーンがやや淋しそうな顔になった。
「そうですか……少し、残念です」
それを見て女王が言った。
「そうだな……、アダムがサヴァイヴァーニィを制御し騎士団長になれば、許可する事にしよう」
アダムが顔を上げ、テレサの方を見た。
「……はい、そうなった時は。俺がしっかり護衛致します、もう少しだけ待っていてください。テレサ様」
テレサは笑う。
「はい」
「あ、そうです。姉様、何か欲しいものがあれば買ってきます……! 何かありますか?」
「えっ?」
テレサが首をかしげると、ソーンはあっ、と短く口を押えた。
「す、すいません。テレサさん……、つい……」
「誰にでも間違いはあります、気にしないでください。
……そうですね、わたしはりんごあめが食べたいです」
それを言うとソーンの顔がぱっと明るくなる。
「りんごあめですね! 分かりました、買ってきます」
そのまま元気にソーンはアダムの手を引いて祭りに向かう。
「“姉様”でも構わないのだぞ?」
「何となく、恐れ多くて……」
どうしてか、と言われると難しいが。女王はそうか、とだけ言った。
「では私は戻る、あまりここでじっとしていると風邪を引くぞ」
「はい、お心遣いありがとうございます」
二人は夕方ごろに戻ってきた。
「姉様っ……! あっ……」
駆け寄ってきたソーンだが、また呼び間違えた事に対して口をふさぐ。
「ソーン、テレサ様。だ」
「テレサ、さま……」
「様は言い過ぎですよ、わたしはただの下働きの人間です」
「貴女は今、この国の重要人物ですよ。それをお忘れなきよう」
「はい……」
アダムに注意される。それに返事をしてから、テレサは言い直した。
「お帰りなさいませ。祭りは、どうでしたか」
「はい! 沢山人がいました! 屋台の食べ物がとてもおいしかったんですよ、次は一緒に行きましょう」
「年一度の大きな祭りですからね、皆楽しそうでしたよ」
本来騎士団の人間は警備にでなくてはいけないのだが、
これから彼ら二人が受け入れなければならぬ運命に女王が特別な許可を出したそうだ。
「テレサさん、りんごあめ買ってきました……!」
テレサはソーンが買って来てくれたりんごあめを受け取る。
「本当? ありがとう、ソーン……!」
思わず素が出たテレサにアダムが息を付く。
「言葉遣いを注意されているのではないのですか?」
「すいません……」
「誰にでも間違いはありますよ、兄様」
「ソーン……お前はいつから俺に口答えするようになったんだ?」
「演習中に“吹き飛べ雑魚どもが!”って言っちゃ駄目ですよ?
アダムさんだって、言葉遣いを矯正されているんでしょう」
テレサが言うと、アダムが口を閉じた。
「ご覧になっていたのですね……」
「はい、ばっちり聞かせていただきました」
近くにいるソーンが何やら嬉しそうだ。
「楽しそうじゃないか、ソーン」
「はい、兄様とテレサさんが楽しそうだと、僕も嬉しいです」
ソーンは、にこ、と笑う。アダムがそれを見て微笑むのをテレサは見ていた。仲のいい兄弟だ。
「……では、俺はこの辺りで失礼します。ソーンをお願いします、テレサ様」
アダムが言うと、ソーンが彼に抱き着いた。
「兄様、今日は楽しかったです。ありがとうございました。怪我には気を付けてくださいね」
「あぁ、ソーンも風邪を引くんじゃないぞ。テレサ様を頼むな」
「はい……!」
アダムはソーンに目線を合わせると頭を撫でたのだった。ソーンがテレサの方へ戻ると、
アダムは丁寧に一礼し、背を向けたのだった。兄に手を振るソーンはやはり少し淋しそうだったが。
「では、戻りましょうか。日が暮れると寒くなります」
「はい、テレサさん」
封印の儀式の前日の晩、アダムはテレサの元へ向かっていた。
テレサ、というかソーンの方に用事があったからだ。
魔剣を体に封じると人間の体温を失い手は氷のように冷たくなる。
人に触れる事が難しくなるのだ、その前にソーンに触れておきたかった。
早く来る事も考えたが、また変な噂を立てられても困るし、
大体この時間は夕食も済ませてテレサとソーンが一緒に居る事が多いのだ。
周りに人がいないのを確認し、アダムは扉をノックする。
「はい」
間もなく部屋の中から声が聞こえた。
「テレサ様、いらっしゃいますか」
やがて足音が近づいて来て、扉が開き、細い暖かい光が床に光の線を作る。
「……アダムさん?」
アダムは軽く頭を下げる。テレサはすぐに部屋に招き入れてくれた。
中に入れさせてもらうと、部屋の中は暖かい。
その温度を感じ何となく切ない気分になる、この温度を自分はこれから永遠に失うのだ。
「すいません、急に訪ねてしまって」
「いいえ、来るとは思っていましたから。ソーンは聖堂へ忘れ物を取りに行っているので、
すぐに戻って来ると思いますよ。……あ、その椅子に座っていてもらってもいいですよ」
彼女が言ったのは暖炉の近くにある椅子。
「いえ、俺はここで……」
「来ていただいた人を立たせっぱなしにするのは悪いですし、わたしも気になってしまうので」
そこまで言われて、アダムは遠慮がちに椅子に腰かけると、ほどなくして、部屋の外から聞き覚えのある足音が聞こえた。
「テレサさん、戻りました……!」
「はい、お帰りなさい。ソーンに用事のある方が来ていますよ」
誰だろう、と言うようにソーンが暖炉の方を覗いた。
「兄様……!」
用事のある人がアダムと分かった瞬間、ソーンは椅子に座ったアダムに抱きついた。
ソーンの暖かい温度だ、アダムも軽くソーンの背に軽く手を回したのだった。
(静かに……なったな)
ふと話し声が聞こえなくなったと思った。
洗い物も終わり、テレサは手を拭きながら暖炉の方へ向かう。
「やっぱり寝ちゃったんですね……」
眠ってしまったソーンをアダムが抱き上げていた。
この時間だ、テレサはソーンを持ち上げられてもおそらくソーンの部屋まで連れて行く事は出来ない。
アダムに連れて行ってもらおうにも、騎士団の人間がこの時間に、ここに居るのはまずありえないので、
怪しまれる可能性が高かった。
「そのようですね、すいません……」
「いいえ、今日は聖歌隊の練習の後に昨日の祭りの片付けの手伝いをしていたんですよ。
それで多分疲れていたのだと思います」
ソーン自身はたまにテレサの部屋で寝ているので、怪しまれる事は無いだろうが。
アダムが眠ったソーンを抱きしめる。
「あたたかい……」
「…………」
「ソーン、俺は、絶対にお前を守って見せるからな」
テレサはそのアダムの言葉に何も言う事が出来なかった。
「テレサ様、……どこに寝かせましょう」
「そうですね……準備をします。少し待っていただけますか」
テレサが手早く布団を敷くと、その上にソーンをゆっくり寝かせる。
その後もしばらく、アダムは弟の事を静かに見つめていたのだった。
もう少し眠いのだが、テレサは暖炉の近くに居る兄弟の傍で座り、
その近くにある椅子に凭れたまま槙木が爆ぜる音を静かに聞いていた。
「……! テレサ様……?」
どれくらい経ったか、気付くと座っていた椅子に凭れてテレサが眠ってしまっていた。
(眠ってしまわれた……)
時計を見ると、もうずいぶん遅い時間になっていた。
申し訳ない事をしたな、と思いながら眠るテレサの方を見た。
(ここは、あたたかい……)
スラムに居た時はもちろん、騎士団に入ってからも、感じた事の無いぬくもりだった。
アダムはまだ暖かい自分の手の平を見る。
この感覚を感じるたびにこれから先、この温度を感じる事は二度とないのだろううと虚しくなる。
(ソーン……テレサ、様……)
できれば、もう少し長くここでいたいと思ってしまう。ここでこのまま自分も眠ってしまえたら。
「……」
気持ちよさそうに眠っているテレサを起こす気にはならず、
アダムは椅子から立ち上がるとテレサをそっと抱き上げる。
思ったよりずいぶん軽くて少し驚いた。
こんな華奢な体で、グラナートとサヴァイヴァーニィを封じているとは誰も思わないだろう。
テレサの温度を感じながら、ベッドに連れて行こうとすると、息をのむ音が聞こえた。
「ッ……」
テレサの体に力が入り、どうやら起こしてしまったらしい。
「起こしてしまいましたか?」
「す、すいませんっ……。お、降ろしてください……」
慌てているテレサを見て少し笑ってしまうが、アダムは言われた通りテレサを降ろす。
「すいません……寝てしまっていたみたいで……」
「いいえ、俺の方こそ。こんなに遅い時間までお邪魔してしまって申し訳ありません」
「わたしは……、ずっといてくれても構いませんが」
「……え?」
「今日で最後なのでしょう?」
「…………」
彼女は人間の体温でいられる事を言っているようだ。
一瞬ソーンの事を考え、心が揺れたが。ゆっくり首を左右に振った。
「いいえ……一介の騎士には申し訳ないお言葉です。これ以上貴女に甘える訳にはいきません」
「好きにしてもらえれば構いません」
彼女は否定も肯定もすることはなく、あくまでこちらの判断に任せると言うような言い方だった。
これ以上お邪魔するわけにも行かない。そう思って部屋を出ようとした時だ。
「アダムさま」
「……! テレサ様、私の事はアダムとお呼び下さいと何度も……」
それを言うとテレサは小さく笑った。
「あなたもソーンと同じ事を言うのですね、
……わたしは、あなたたち二人の覚悟に敬意を示しているつもりなのですが、
上手く伝わらないようです」
いつもは“姫”と呼ばれているものの、どちらかと言うと戦士向きなのではないかとたまに思うのだ。
(変わったお方だ……)
「明日は、よろしくお願いします。お休みなさい」
とテレサが頭を下げる、それに対してアダムは返したのだった。
「ありがとうございます、良い夢を」