forget me not
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
テレサは完全に日の沈んだ夜の敷地を早歩きですすんでいた。
明日の朝の準備を忘れたことを思い出したからだ。
もう時間が遅いので、出るのを禁止されている騎士団の詰所のあたりまで来ていた、
と言うのも。こちらを通る方が大幅な近道になるからだ。
「……!」
なにやら男性の怒鳴る声が聞こえ、息を詰める。
ばれたのか、それともただの酔っ払いだろうか。
(違、う……)
なにやら揉めているような感じだ。近づかない方がいいだろうが……誰か怪我をしていたらどうしよう。
気になってしまって、揉めている声が聞こえる方へ向かう。建物の陰から覗いた時だった。
「アダムさん……?」
暗くて見にくいが、彼の綺麗な銀色の髪が月の光で浮かび上がる、
彼が数人から一方的にやられている様だった。
「どうしてっ……」
女王陛下の単語は聞き取れたがそれ以外は何を言っているのか分からない。
暴力を受ける痛い音にテレサは目を瞑った。殴られたら痛いだろうな、と頭の端で思いながら
彼らの前に飛びだす。
「何のつもりだ貴様……!」
「やめてください、この人が何をしたんですか」
「? 女? こんな時間に……。アダムの女か?」
「いいえ」
「邪魔をするな! どけ!」
「……せめて、この人が何をして、あなたたちの勘に触ったのか教えてください。じゃないとどきません」
テレサははっきりした声で三人に言った。
「テレサ様、構いません。そこをどいてください」
背後からアダムの声が聞こえた。
「断ります」
「なっ……、どけと言っているのが聞こえないのか!」
アダムは強い声で言った、彼は気が長い方ではない。
「テレサ様だって……!?」
「どうしてこんな所に……」
「ちっ……陛下にばれるとまずいぞ」
彼らは舌打ちをすると、身を翻し、その場を離れて行ったのだった。
ややあってテレサはアダムの方を見る。
「……何があったんですか」
「何でもない。……それに貴女は外出を禁止されているのでしょう、さっさと戻った方がいい」
アダムは軽く服の裾についた土を払いながら立ち上がる。月の光でも、額を流れる血がぼんやり見えた、
かなり酷くやられているらしい。それを見てテレサはアダムに近付いた。
「治癒術を掛けます、少しじっとしていてください」
彼の空気から今、かなり苛々しているのが分かる。
ゆっくり手を彼の額へ伸ばすが彼はテレサの腕を払うような所作が見え、すぐに手を引いた。
「お前……、何か武術をやっていたのか」
「……弓術だけ少し、後、馬や魔物たちの世話を任されているので。間合いは何となく分かります。
傷があなたが思っているより酷いです。そのままにすると明日に支えますよ」
「……いい」
彼は背中を向けてその場を去ろうとする。
「……ソーンが」
「……!」
アダムが僅かに反応を示す。
「今日はわたしの部屋で眠っているんです。良かったら会いに来ますか?」
「…………」
「少し痛いと思いますが、我慢してください」
「くっ……」
アダムの傷を診ながらテレサは顔をゆがめる。
(全然……手加減されて無い……)
騎士団の事などテレサは分からないが、こんなに手加減なしにやるのだろうか。
「痛いですよね……」
「大したことはない……これから、体にグラナートを封じるソーンに比べれば……」
「……」
ソーンにグラナートを封じる、そんな話を今日したばかりだ。彼は近くで眠るソーンを見つめる。
「ソーンはいつもここで寝ているのか?」
「いいえ、いつもは別部屋なんですが……今日、彼にグラナードを封印する話をした所なんです」
「伝えたのか?」
「……はい、女王陛下から。そのまま伝えるように、と」
グラナートを封印した際の拒絶反応や、封じた後どうなるか、最悪の場合まで、全て。
「ソーン……」
呟いたアダムは辛そうだ。ソーンはきっと怖い筈だった、
なのに彼はそれとも戦うと言う覚悟を話してくれたのだ。
冷たくなった手がはっきり震えていたのを思い出す。本当に酷い世界だ。
「……わたしだったら、良かったのに……」
気づくとまた目の前が滲んだ。こればかりはいくら思ったって、どうしようもないのだ。
テレサは軽くソーンの額にかかる柔らかい髪に指で触れた。
「…………」
「ずっと守られているだけでは嫌だから、自分にも二人を守らせて欲しい、と……」
アダムもソーンの頭に手を持って行く。
「……俺も、一番近くでお前を守れるようになってみせる」
その声の感じが不思議とソーンとよく似ていた。流石兄弟と言った所だろうか。
弟を見つめる目元に長いまつげがきれいだ。
「……テレサ様」
やがて今度はテレサに向かってアダムが言った。テレサは返事をすると、彼の話を聞く体勢に入る。
「貴女の封じている魔剣を、俺に封じる事はできませんか?」
「ぇっ……?」
「グラナートに対抗できるのは、サヴァイヴァーニィだけなのでしょう。
だからグラナートの守り人の貴女がグラナートと共に封じている」
古よりこの国に伝わる第一魔剣氷のサヴァイヴァーニィ。
今までは女王に仕える近衛騎士団長のみが身に着ける事が出来るものだった、
本人に制御が出来れば、の話だが。
「あれが俺に制御できれば、陛下もソーンも、一番近くで守る事が出来る」
「……それは、わたしが判断できる内容ではありません。……しかし、グラナートを人に封印する場合、
必ず暴走の危険をはらみます、一人あの魔剣を制御できる人間が必要なのは確かですが。
陛下の意志によりますので、一度お伺いを立てないといけませんね……」
ややアダムが驚いた表情になったので、首をかしげる。
「どうかしましたか?」
「……いいえ、拒否されるかと思ったので」
「わたしは、それを間違いとは思いませんが」
「はい……そうですね」
「……今日は、ありがとうございました」
一通り処置は行い、アダムが立ちあがると、丁寧にお辞儀をした。それを見てテレサは笑った。
「……なんかさ」
「なんです?」
「随分騎士っぽくなったよね」
それを言うとアダムも笑う。
「お前こそ、ずいぶん”姫”と呼ばれるのにふさわしい空気になったな」
「あのわたし、元から姫じゃないからさ……。勝手に他の人がそう呼んでるんだって」
言葉遣いも仕草も、”姫”ではないのに随分強制されたものだ。おそらくグラナートを封じる者として、
女王に贔屓にしてもらっていたからだろうが。
「……この布また、洗って返しに来ますね」
「うん」
「では、良い夢を。姫」
「はい、お大事に」