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兄様、といつものようにソーンはアダムの袖を引いた。
「今日の教会のミサで、聖歌隊の合唱があるみたいなんです。行ってきてもいいですか……?」
アダムは、僅かに笑うとソーンの頭に手を置いた。
「……おまえは歌が好きだな、教会に行くなら大丈夫だろうが……時間は間に合うのか?」
ミサは8時からだ、ソーンは時計台を見上げる。確かに今から教会に行って間に合うか間に合わないか、微妙な所だった。少ししゅんとしたソーンにアダムはもう一度笑う。
「行ってこい、おれも後で行く」
「はいっ、ありがとうございます」
なるべく急いで、教会に向かうと、もう始まってしまっていた。
ステンドグラスもないような、下町で唯一の小さな教会だ、ソーンは後から来て邪魔にならないように後ろの方の席に座った。
何度か聞きに来ているために、なんとなく顔見知りの聖歌隊員も見かけた。合唱が終わってミサに来ていた人たちはぞろぞろと教会を出て行く。
それをなんとなく眺めながらソーンはアダムが迎えに来るのを待った。やがて入り口に見慣れた姿を見かけて立ち上がると駆け寄る。
下町、と言っても、ここら辺は極貧層と呼ばれるような場所だ、昼間から平気で犯罪が起こるような場所。そのためこの教会も夕方には閉めてしまうのだ。
教会はもうソーンが最後で、夕方の光が窓から差し込み、綺麗だった。
「戻るぞ、ソーン」
「はい」
外に出た時、誰も居ないはずの教会からかすかに歌声が聞こえた気がしたのだ。それにソーンは立ち止まった。どうした? とアダムが問うてくる。
「歌、聞こえませんか?」
アダムは首をかしげる。
「誰か残っているのか?」
誰か残って練習でもしているのだろうか。ちょっと教会の中を覗くと一人残っているようだった。はっきりした少女の歌声。
「兄様、時間ありますか?」
「あぁ、特にもう予定はないからな」
「すいません」
と、声をかけると彼女は振り向いた。
「はい」
肩につかないくらいに切られた銀色の髪、明るい色の瞳、服もそれなりのものを着ており、スラムの少女でない事が分かる。それを見て、一瞬不安になる。アダムとソーンはスラム育ちだ、当然親もいない。一般層の人は当然あまり自分達にいい感じを持たない者たちもいた。
「ソーン」
アダムから、やや厳しい声色で名前を呼ばれる。そうか、やっぱりだめか、と思った。
「あの、お邪魔してしまっ……」
「こんにちは」
と、彼女は笑った。
「ぇっ……」
ソーンが変な反応をしたためか、目の前で聖歌隊の少女は不思議そうな顔をしていた。しかし、一方でアダムは金色の目に警戒の色を浮かべる。それもそうだ、何度一般層の人間に騙された事か。しかしこの時ソーンはこの聖歌隊の少女に殆ど警戒を感じる事は無かった。
「何回か見た顔な気がするんだけど……、もしかして前も来てた?」
「はいっ、そうです」
やっぱり、と彼女は明るい声で言う。
「いっつも、あそこの端の席に座って……」
彼女は自分の事を知っているようだった。
「えぇ……! あなたはいつも右の一番端っこですよね」
「そう! 良かったあってた」
彼女が自分を覚えているようで、なんだか嬉しくなる。
話しを聞いていると彼女はやはり一般層の少女のようだった、聖歌隊の隊長をしていること、歌が好きだと言うこと、自分達より少し年上だと言うこと。とても話しやすい少女だったが、アダムは警戒を浮かべたままだった。
また、入り口の開く音。
「テレサ」
その少女は入り口を見た。
「帰るわよ」
「はあい、じゃあね」
親が迎えに来た様だった、それがちょっと羨ましい、テレサと呼ばれた聖歌隊の少女が手を振ったのでソーンも振り返した。
「テレサ」
「はい?」
「……あぁ言う子と一緒にいちゃダメよ」
「え……?」
「スラムの子でしょ、何されるか分からないんだから」
「そんな事無……」
「あるから言っているのよ、やめておきなさい、いいわね?」
「……」
彼女は一瞬振り向いたが、そのまま扉が閉まった。
「ソーン、もう彼女に近づくなよ。ああいう奴らは信頼してはいけない」
「……はい」
スラム街には今日も冷たい雪が降っていた、建物の陰にアダムと身を寄せ合いながら、鉛色の空を見上げる。目の前を二人組の男性が通り過ぎる。
「聞いたか? 蒼王宮のグラナートがまた暴れたらしい」
「えぇっ⁉︎ まじかよやべぇじゃないか!」
「それがな、下町の子がそれを止めたらしいんだ」
「ばけものかよ……どんな奴なんだ?」
「なんかこの辺の聖歌隊にいた女の子らしい」
(聖歌隊の女の子……)
それでぼんやり思い出したのは、聖歌隊の隊長の少女だった。しかし、他にも聖歌隊に女の子はいるだろうから、はっきりとは分からないが。
「その子はグラナートを制御できるのか?」
「いいや、その子ができるのは封印のみらしい」
「残念だな、グラナートを制御できれば、随分戦争が楽になるのにな」
蒼王宮……、この国を治める女王がすまう宮殿だ。高台にあるために、この場所からでもよく見える。まぁ、自分たちにはあまり関係のない場所なのだが。
(今日も、寒いなあ……)
ソーンは今日も聖歌隊の合唱を聞きに来ていた、テレサは……いつものように右はしで大きな声をあげている。グラナートを封印する少女、テレサかも知れないと思っていたが、考え過ぎのようだった。
ミサの終了後、解散し始めた時だテレサと目が合うと、彼女は嬉しそうに笑う。
(また、話してみたいなぁ……)
ソーンもわずかに笑みを返す、しかしこの間一般層の人にアダムがやられた所だ、そう、ソーンを守るために。
(やっぱり無理なのかな……)
少し悲しくて、それでも笑みを深めた時だ。教会の外が騒がしくなり、急に教会扉が大きな音を立てて開いた。入っきたのは青い鎧を身に纏った蒼王宮の騎士団。
ソーンとテレサの間を隔てるように、青の騎士団はテレサの前に立った。何事かと街の人々が教会を覗きにくる、王宮の騎士団がこんな所に来る事はまずないのだが。
「テレサ=ステラ、女王陛下がお呼びだ、一緒に来い」
「えっ……? な……」
騎士団の1人が口にすると、周りが騒ついた。
「なに……、なんなの?」
「お前知らないのかよ、あの子だぜ。グラナートを止めたっていう……」
「嘘、冗談でしょう?」
「じゃないとこんなところに蒼王宮の騎士団なんてこねぇよ……」
なにも知らない様子のテレサは、不安そうな表情を浮かべていた。
「君の両親から承諾は受けている、何、宮殿に閉じ込めるような事はしない。この国の未来の為に必要な事だ。申し訳ないが、来てもらう」
「…………」
状況が飲み込めないまま、彼女は殆ど強制連行のように連れて行かれる。
「テレサさん……!」
ソーンも思わず名前を呼んだが、彼女はそのまま連れて行かれたのだった。
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