forget me not
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あれからどれくらい経ったか、殺して、奪って、いくつもの戦場を駆けた。
最近自分が一体何をしているのか、分からなくなってくるような感覚すらあった。
頭の中にあるのは女王陛下の命令と、それを確実に遂行することのみだ。
ある雪の止んだ夕方、執務室で書類を確認していた時だ。
「アダム」
リョーフキーの声が聞こえ、アダムは顔を上げる。
「どうした」
「女王陛下が呼んでるぜ」
「分かった、すぐ行く」
冷たい、長い廊下をリョーフキーと共に歩く。
王宮内にいる下働きの者たちは、足を止め、騎士団長であるアダムに頭を下げる。
「アダム騎士団長よ……!」
「今日もお美しいわね」
「この間、戦場から帰ってきた騎士団長を見たんだけれど……血だらけでね、
聞くと全部敵国の猟兵団の返り血だったらしいわ。その時の敵の生存者はゼロで、
一人も逃がさない非情さと冷酷さから氷の騎士団長って呼ばれているみたい」
「うっそぉ、怖っわあ……」
「しかも実はスラム出身らしくって」
「えぇっ、そうなの?」
「ソーン恩寵天使様は、あんなにお可愛らしいのにね……」
「けどソーン様もスラム出身なんでしょう?」
「まあそうだけれど、あれで血が繋がっているのだから驚きよねぇ」
下働きの女性たちの話声が聞こえる、すでに凍り付いた心は全く動こうとしない。
特に何も感じることなく、女王の待つ謁見の間に向かった。
重い扉が閉まる音がする。
「ただいま参りました」
王座に座る女王の方の前で膝まづく。
「来たかアダム騎士団長、おまえの数々の名声、届いているぞ。この間の掃討任務、ご苦労だった」
「勿体ないお言葉です」
顔は見えないが、女王は満足そうに息を付いた。
「これで敵もこちらに手を出そうなどと考えなくなるだろう」
「そうですね……、今のところ情報のある敵の拠点は全て叩きましたし。
特別な指示がなかった場合の拠点では、まず逃亡できたものはいないかと」
くくっ、と女王は肩を震わせて笑った。
「まったく、美しい容姿をして、恐ろしい男だな」
「……いえ」
女王は話を変えるような声色で言った。
「今のところ間者からも向こうが目立った動きを見せているといった情報はない
……そこでだ、アダム騎士団長」
「はい」
「お前に特別な任務を言い渡そう」
アダムは膝まづいたまま、女王の次の言葉を待つ。
「お前に、ある場所の要人の護衛を頼みたい」
「護衛……ですか」
あぁ、と女王は頷く。
「護衛だってよ、アダム。できるのか?」
「うるさいぞ」
横から茶々を入れてくるリョーフキーを睨む。確かに敵の掃討や撤退、
殲滅任務はしたことがあるものの、護衛任務は初めてだ。
「そしてそこは、おまえと、そしてソーンを強くする場所だ。
しばらく国は開けてもらうことになるが、強くなって戻って来てくれ。
こちらの事は心配するな、何かあればすぐ連絡は入れるようにする」
今までと全く毛色の違う任務だ、その任務の内容に少し困惑しながらアダムは女王を見た。
「護衛任務兼……修行といった感じでしょうか」
「そうだな」
「……承知致しました」
若干煮え切らない感覚がありながらも、女王の指示は絶対だ、
それに使い方さえ間違えなければ、力はあればあるほどいい。
「護衛任務は初めてだな、ジェニトに聞いておけ。時や場所は追って伝える」
アダムは返事をする。その後騎士団の今後の体系など少し話してから、謁見の間を出るのだった。
「護衛任務か、がんばれよ」
いつもアダムからすれば理解不能なくらい機嫌のいいリョーフキーが軽くどついてくる。
「やめろ、氷漬けにするぞ」
「それは……次の一撃で死ぬからやめてくれ。ソーン様も行くのか?」
「そこまでは聞いていないが、追って伝えてくださると言っていた」
そっかー、とリョーフキーは頭の後ろで手を組みながら言った。
「でも、この国に伝わる魔剣の使い手と、禁獣を宿しているソーンかぁ……
それで強くなって帰ってきたら、本当英雄だよな」
「……そんなに綺麗な話じゃない」
まぁなぁ、とリョーフキーが頭の後ろで手を組んだまま、廊下の先へ視線を移した。
「お前からすればな。けど周りから見たら、
英雄とか、この国の希望とかって呼ばれるんだろうな。かっこいいじゃねぇか」
「そうなるとすれば、ソーンだろうな。……俺は、奪いすぎた」
呟くと、リョーフキーが僅かにアダムの方を向いた。
「……でも、それは。今の現状で、と言う事でしょう。世界は常に変化していきます、
もしかするとそうなるかもしれない。例えばこの国が……アダムさんや、それこそソーンの力で、
もっと豊かになったとすれば。ありえない事ではないかもしれない」
その言葉をアダムに向かって言った彼女はもういないのに。忘れようとしていた痛みに僅かに眉をしかめる。
「アダム?」
「……いや? ソーンは、知っているのだろうかと思ってな」
「さあな、まあ、時間あるときに伝えに行けばいいんじゃね?
最近は大分情勢落ち着いてきたし、せっかく強くなるチャンスだ、行って来いよ」
「……気を抜くなよ、そこにつけこまれ、何か起こってしまっては遅いんだぞ」
「分かってますよ、騎士団長」
「おう? 護衛任務の仕方か?」
アダムはその日のうちに丁度空いていたジェニトを訪ねる。
ジェニトはアダムの剣の師範でアダムよりはるかに長い間戦って、
かつ様々な任務をこなしてきた騎士だ。アダムは頷く。
「珍しいな、お前が俺に聞いてくるのは」
「女王陛下のご命令だ、失敗するわけにはいかない」
ジェニトは気楽そうに笑った。
どうして自分の周りにはこの国の情勢にかかわらず気楽に笑う人が多いのだろうか。
「護衛対象は?」
「友好国の要人で、女性らしい。……おい笑うなジェニト、何が可笑しい」
「いや、お前がまさか女性の護衛をするようになるとはなぁ。
……俺がお前の剣の師になった時なんて、慣れていない野良犬みたいだったのにな。
狂暴で乱暴ですぐに噛みついてきて……」
「うるさいぞ、昔の話だろう」
ジェニトはようやく笑うのをやめると、顎に手を持っていく。
「そうだな、腕っぷしの強さも当然大事だが、一番重要なのは“信頼”だろうか。
向こうが100%の信頼で着いてきてくれないと、守れるものも守れなくなる。
それに、女性は丁寧に扱え。間違えても、リョーフキーみたいに扱うんじゃないぞ」
「……。それくらい、分かっている」
ただ、信頼というものはそうすぐにできるものではないと思うが。
それをそのまま言うとジェニトが答える。
「そこが、お前の腕の見せ所だ。相手に合わせて頭を使え、
毎日ちょっとしたことを一つ必ずやるのがコツだぞ」
に、とジェニトが笑うので。アダムはやや呆れてため息をついた。
急に肩をどつかれて、アダムはジェニトを睨む。
「睨むなって、俺は弟子を応援してるんだ。あと一応剣術と魔術は出発までに見直しておけよ」
「分かった。……礼を、言わせてもらう」
「おうよ」
出発日の前日、アダムはテレサの殺害場所に立っていた。
ソーンの立つ予定は、もう少しユランブルクで様子を見て、慎重に決める必要があるという話になった。
それが得策だと思う。ジェニトに言われた通り、剣術と魔術も確認して明日朝にはここを立つ。
移動は、他国に警戒されぬよう、一人ですることになっている。
「テレサ、様……」
声がかすれて、上手く発音ができなかった。ずっと彼女の名を呼んでいなかったから。
冷たい廊下に柱が並んでいるだけの、そんな場所。
アダムは手に握っていたテレサから預かっていた石を見る。
暗く冷たい水の底に、青緑の光が浮き出るような美しい石だった。
「明日、ここを立つ事になりました。友好国の要人の護衛任務です。
貴女が居なくなって、多くのものを奪ってきましたが
……次は、それ以上に多くのものを守れるようになって戻ってきます」
アダムは跪く。
「……この国が、私が。一体貴女に何を与えることができたのか分かりませんが、
どうか、見守ってください」
もう一度口にした彼女の名前は、最初より流暢に発音することができたが、急に辛くなって。
アダムは僅かに首を振る。自分は彼女を守れなかったのだ、
まったく、どの口が、そんな言葉を吐くのだろう。
彼女の暖かい声も温度も、もうなにも遺っていないが、
アダムはゆっくり立ち上がるとその場を後にしたのだった。自分の新しい場所に向かって。
そこは妙な場所だった、奇妙な管理人に案内され最初は警戒したものの、
女王の許可と信頼を現す印を提示され、アダムは言われるとおりに動く。
護衛対象と接触する方法はこれだけらしく、どれだけ高度な技術なのかも分からないが。
『ココデハ空間と時間ヲ越エルタメ、時間軸モバラバラニナリマス。
安全ハ証明サレテイマスノデ、ソノママ指示ニ従ッテクダサイ』
アダムは言われた通り魔法陣の上へ移動する。
『空間転移装置ヲ発動シマス……。3、2、1』
ようこそ、#コンパスへ
20/20ページ