forget me not
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「ぎゃあああっ」
「よせっ、うわあああ」
断末魔の叫び声が響く、ここは地獄だろうか。
味方が目の前で斬り捨てられ、思わず後ろの味方の作った血だまりに尻もちを着く。
「や、やめろよ……!」
「……腰が抜けて逃げられないか、哀れだな」
凍るような声で、美しい氷剣を持った騎士が言った。
「や、やめてくれっ……おれには、家族がっ……ひぃっ」
目の前に氷剣の切っ先が突き付けられ、何人殺してきたのか、その先から赤い血が滴り落ちる。
「精々自分の選択を呪うんだな」
白い頬や銀の髪に大量の返り血を浴びた、美しい騎士は。その金色の瞳で蔑むように自分を見る。
「やっ……」
その騎士は氷の剣を一閃させると、他の仲間と同じように冷たい地面に伏す。
暗くなる意識の向こうで若い男性の声を聞いた。
「……アダム、お前を斬った者の名だ」
「…………」
謁見の間、そこにいる王宮関係者は全員口を閉ざし。誰も声を出そうとしない。
「……すまなかった」
女王がようやく押し出すように声にした。
戦線から戻ったアダムを待っていたのは、テレサが王宮内で何者かに殺害されたという事実だった。
「……背中から心臓を刺され、殆ど即死だったと思われます」
背中から刺した方が心臓に至りやすい。明確な殺意があり、
さらに、祭事中でその場に人がいなかったことも考えると、おそらく前から計画を立てていたのだろう、
と言う話だった。アダムはその話を遠くで聞いている気分だった。
感情を全て切り離すと、アダムは乾いた声で問うた。
「ソーン、は……どうなりましたか」
「ソーン様はテレサ様の事を、まったく覚えていないようです」
ヴィーセリツァが感情の乗らない声で言った。
「それは、どういう……」
「……ソーン様は第一発見者でした、おそらく、ソーン様には衝撃が強すぎて、
脳がテレサ様の事を忘れさせたのだと思われます。
……そのために、グラナートも暴走を起こすことはありませんでした」
「……そうか、分かった」
「……申し訳、ございません。俺が、王宮にいながら、このような状況を……」
ヴィーセリツァが、かすれた声で言う。リョーフキーは戦線に出ていたが、
ヴィーセリツァはソーンの護衛騎士だ、彼のみ王宮には残っていたが、彼のせいではないことは明白だった。
「……お前が、責任を感じる必要はない」
「アダム……」
リョーフキーが隣でアダムの名前を呼んだ。
「……静かにしてくれ」
「…………」
「ヴィーセリツァ、俺をテレサ様の殺害場所に連れて行って欲しい」
ヴィーセリツァは嘆息するとゆっくり瞬きをする。
「女王陛下……」
「……ああ、分かっている。行ってこい」
冬の国の冷たい大廊下、暖かい国であれば花を置いている事もあるが、この国に生花は無く、
そこにあるのは冷たい床だけだ。
ソーンの様に花を術で模倣するような練習はしてこなかったため、弟の様に花を作ることもできない。
アダムはテレサに返すように言われていた名前も知らない美しい石の首飾りを握る。
正直、戦場では死んでいく敵も、味方も少ないわけではなかったが。
いちいち“その感情”を感じていては、とても持たないので、考えないようにしていた。
それができていたのは、そこに確かに、暖かいソーンやテレサの存在があったからだ。
「テレサ、様……」
アダムはその場所にひざまずく。結局返せなかった、王宮の外に連れ出してやることすら叶わなかった。
「申し訳、ございません……。俺は結局、貴女との約束を守る事ができなかった」
その声は空虚に大廊下に響く。
「っ……」
撃ちつけ、割れそうになる感情を全て切り捨て、殺す。
なぜか薄暗かった視界が、ふっ、と一層暗くなった気がした。アダムはやがて立ち上がった。
「……リョーフキー」
「なんだ?」
「まだあの場所には残党が残っているな」
「……え、おう。多分な」
今回セントグラード騎士団が相手をしたのは女王崩御の過激派だ。
「こちらの戦力は?」
「はい、アダム騎士団長をはじめとした精鋭達だったので。まだ余裕は残っています」
ヴィーセリツァが答えた。
「明日には戦線に戻るぞ」
「なっ……今日戻ってきたばかりだろ……! 確かに過激派がまだ残っているのは危険だが。
こちらも被害が全くなかったわけじゃないんだ」
リョーフキーが驚いた様子で言った。
「負傷している者は本土で養生させろ」
「しかし……それでは前線に向かう人数が少なくなります」
「構わん。女王陛下に仇成す者は、全て……俺が斬る」
「おい、アダム……」
「嫌なら来なくていい、俺一人でも問題ない」
アダムはコートの裾を翻すと、その場所に背中を向ける。
やがてためらいがちな足音が後ろから二つ、着いてくる。湧き上がる感情を全て切り捨て、殺していく。
「戦場に向かうぞ」
「アダム、そっちは……!」
同じく金色の髪に返り血を浴びているリョーフキーが駆け寄って来た。
「終わったぞ。この男で最後だ」
アダムは目の前で折り重なるようにして死んでいる残党を見た。
「俺の方も終わった」
「確認したんだな? 一人も生かして返す訳には行かないんだぞ? お前は甘いからな」
「わーってるよ、大丈夫。全員死んだの確認した」
アダムは血振りをするとサヴァイヴァーニィを消す。
間を空けて、リョーフキーがアダムを見ながら言った。
「アダム……お前、それでいいのか」
「……俺にもう、人の温度など無い」
日はすでに傾いていて、雪はもう振っていないが、
降り積もっていた白い雪は血で真っ赤に染まっている。つんと冷えた空気も鉄臭いにおいを運んでいた。
アダムは斬り捨てた残党たちに背中を向けると、帰路についたのだった。
「戻るぞ、女王陛下がお待ちだ」