forget me not
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アダムが戦線に向かって一週間は経ったか、もちろん戦線の情報などテレサに流れてくることも無く、
状況は一向に分からないままだ。テレサは、朝から今日行われる建国記念日の準備に追われていた。
大きな祭事になる、久々に着る白い祭事用のローブに袖を通し、さっと髪を梳かしていく。
「うう、寒い……」
暖炉の前に座って服装を整えると、テレサは部屋から出たのだった。
テレサはソーンのいる温室に向かう、
これからこの国を守っていく恩寵天使であるソーンも重要な要人となるため
彼も参列することになっているのだ。別にテレサでなくても良いと思うのだが、
ソーンが喜ぶから、と言う女王の考えだった。
温室の前に着くと、ヴィーセリツァがテレサに一礼する。
「ソーン様の準備も済んでいます、どうぞ」
「ありがとうございます」
温室に入ると聖歌隊の制服を着て、午前中から熱心に魔導書に目を通すソーンが居た。
名前を呼ぶと彼はすぐに気づいて、笑ってくれた。
「あ、おはようございます……! テレサさん」
「おはようございます、ソーン。朝から熱心ですね」
「はいっ、最近できる事が増えてきて、楽しいんです」
テレサは嬉しそうなソーンを見て少し笑った。彼はテレサに駆け寄ってくると目の前で立ち止まった。
「?」
「テレサさん、見ててくださいね」
「……え? うん」
何だろう、と不思議に思ってソーンに言われた通り彼が持ち上げた両手を見る。
きらきらした氷の粒が螺旋を描いてソーンの手のひらの上で形を成してゆく。
それは徐々に花の形を取り、ソーンの手の上に収まった。
「テレサさんにプレゼントです」
にこ、とソーンが笑う。それは前にソーンが見せてくれた氷で作った花の髪飾りだ。
「これ……前より豪華になってない?」
はい、とソーンがまた笑った。
前に作ってくれた髪飾りは氷の花だけだったのだが、今ではビーズのような装飾品がついていた。
「この間他国の要人の女性が身に着けていらしたんです、きれいだったのでそれを模倣してみました。
ちなみに、前より魔法の継続時間が伸びる術をかけたので、半日は持つと思います」
立派な王宮魔導士になっていくソーンを見て、テレサはソーンの未来を願う。
ソーンはテレサの髪に、そっと氷の花を飾ってくれた。
「ありがとう、ソーン。……でも、ごめんね、わたしはあなたに何も渡せるもの、持ってなくって」
そんな、とソーンは笑う。
「僕は、兄様とテレサさんが近くにいてくれるだけで十分なんですから。
今兄様はこの場にいないですが……。テレサさんが謝ることないですよ」
ソーンに慰められてしまった、テレサは、ふふ、と苦笑する。
「あ、でもそうですね。今度久しぶりに僕に歌を教えて欲しいです」
「ソーンは歌も上手ですからね。任せてください、お安い御用です」
やがて、入り口付近からヴィーセリツァの声が聞こえ、
ソーンとテレサは返事をすると立ち上がったのだった。
「ねぇ、テレサ」
「はい、なんですか?」
会場の端の方で下働きの女性がテレサに声をかけて来た。
「その正装で会食に出るの?」
今回テレサは会食に参加していた、と言うのも、本来なら手伝いに回るはずなのだが。
今回はもう最後になるだろう、という事で特別に参加させてもらっていたのだ。
「着替える時間がなくって……」
「そうね……とても似合っていてかわいいけれど、白い正装が汚れてしまいますよ」
「ですよね……」
テレサは時間を見て着替えに行くかどうか考える。
「まだ時間はたっぷりあるし、着替えてきたらどうかしら?」
「そう、ですね……さっと着替えてきます」
会場の外に出ると殆ど警備や、会食の手伝いに人が出払っていて、人気のない石造りの通路は寒い。
(えぇと……こっち)
大廊下を挟んで左右に分かれているのだが、
結構どこも景色が同じでぼうっと歩いていると全然違う方向へ向かっている事もまれにあるのだ。
大廊下には白い大理石の柱が並び反対側の通路の先にある自室へ向かう。その時だった。
「悪いな、テレサ」
女性の声が真後ろから聞こえ、それと同時に背中から胸にかけて熱いものが貫いた。
それが自分が刺されたと認識することに大して時間は掛からなかった。
そのまま床に崩れると氷のような冷たい床が頬にあたり、体も冷たくなってくる。
(…………あぁ……そうか)
どうやら自分の役目は終わったようだった。
ソーンから貰った髪飾りの術が解け雪が舞い落ちるように氷の花びらがはらはら散っていく。
多少痛みはあるが、殆ど息が止まって。あとはもう受け入れるだけのものだ。
どこかで、役目の終わりを知っていたテレサは、かなしいとは思わなかった。
「……君は、それでいいのかい?」
Case08はすでに息絶えた美しい娘を見て呟いた。これで息絶えた彼女を見るのは何回目だろう。
前からこの娘の調査は行っていたが、今回も間に合わなかったようだった。
「君の世界は、残酷だね。次の世界線で出会うときは君が幸せに生きていける事を願うよ」
これ以上ここにいた形跡を残す訳にもいかず、case08がその場を後にしようとした時だ。
軽い足音が聞こえ、case08は柱の後ろに隠れ息を潜める。
「テレサ、さん……?」
聞こえてきたのは声変わり前の少年の声。その声には今までずっと、そう呼んできたような響きがあった。
「……」
Case08は静かに息を付くと、その世界線から去るのだった。