forget me not
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「テレサ様……!」
王宮の祭壇を掃除していた時だった、名前を呼ばれ。テレサと呼ばれた娘は振り向いた、動きに応じて銀色の長い髪が肩を滑り落ちる。
「グラナートが……」
テレサはそこまで聞くと内容がすぐに分かったように答えた。
「分かりました、行きます。武器だけは向けないであげてください」
どうやら、グラナートが目覚めてしまったらしい。テレサの力は使えば使うほど、力を失って行くものだった。それでも長く持った方だと女王は言う。グラナートと魔剣、今のところそのいくつかをテレサが抑えているのだが、最近はやはり抑える力が弱くなっているのが分かる。グラナートを抑えているため、消耗が激しいのは分かっていた事だが、次の器を見つける必要が出てきていた。
王宮の冷たい牢獄で蒼い獣は、低い声で唸っていた。グラナートを見るたびになんとも言えない気持ちになる。この子はこの狭い部屋から出た事がない、だれに愛されるでもなく、ただただ恐るべき力としてここに閉じ込められている。
(おまえだって、同じ命なのにね)
グラナートへ、いつも通りの感覚で、旋律を紡ぐ、この時にグラナートを少しでも恐れてしまうとうまくいかない。
(グラナート……)
精一杯の思いや願いを込めて、眠りの旋律を紡ぐと、彼は再び寝息を立て始める。
「眠った、のか……」
「す、凄い……」
なるべくグラナートの近くに行ってやりたいが、ここでテレサが殺されてしまうと、グラナートが暴れた時に止められる者がおらず、敵国に一気に攻め入られたり、人に慣れることができないグラナートに宮殿を壊滅させられる可能性があった。
獣が暴れる理由、その原因はほぼ、自分を守るためだ。グラナートにとってここは安心できる場所ではないのだろう。
(わたしがグラナートの居場所になれればいいのに)
テレサのオドの量ではあっという間にグラナートの力に飲まれて終わりだ。それでもグラナートがこちらの声を聞いてくれると言う事は、人に封じなくても人と感覚の共有が少なからずできる可能性があるという事だ。しかしテレサの力ではグラナートに触れることすらできない。
この蒼い獣の幸福を願うことしか、テレサにはできなかった。
その日の晩だった。テレサは怪我人の治癒を頼まれ、長い廊下を早歩きで進んでいた。下町で大規模な騒乱が起き、怪我人が出たらしく、応急処置を頼まれたのだ。あいにく医療班は遠征にでておらず、多少治癒術が使えるものが集められていた。騒乱が起きたのはスラム街で、当然治癒術を生業としている者たちに渡す金銭など無く、そのような者達を女王が無償で助けるという。
「テレサ」
凛とした声で呼ばれ振り向くと、女王がいた。直ぐに返事をする。
「私も多少治癒術の心得があるので、出る」
「えっ?」
流石に驚いてしまう。女王が騒乱の現場に向かうなど、異例中の異例だった。それだけまずいことになっているのだろう。
「そ、そんな……! 陛下、危険です。わたしも出ます」
女王はゆるりと首を左右に振った。
「テレサ、おまえは蒼王宮でグラナートを守りなさい。あの獣はこの国の希望なのです。あの獣があそこに存在するだけで、この国はある程度守ることができる。そして、今グラナートを守れるのはおまえだけなのだ」
「……」
今の自分の責任の重さを改めて理解する。
「……分かりました。命をかけてでも、グラナートを守ります」
顔を隠していて表情はわからないが、笑ったような気配があった。女王は近くにいた兵士を呼ぶと、早歩きで離れて行ったのだった。
どれくらい経ったか、じきに兵士達が宮殿に戻り始める。怪我人はいるが、死者は出ていないらしい。やがて女王も何事もなく戻ってきた。ただ騒乱の収束にやるべきことが大量にあるらしく言葉を交わすことはできなかったが。
「テレサ様」
兵士の1人が声をかけてくる、顔見知りの兵士で、怪我はないようだった。
「お疲れさまです、無事でよかった……」
「はい、ピンピンしてますよ。テレサ様へ、女王陛下からのご指示を受けています」
「なんでしょう」
「この子たちなのですが……」
「……?」
よく見ると兵士の後ろに白い頭がふたつ。兵士が避けると、なんとなく見覚えのある顔だった。金色の目をした兄弟。弟らしい方がテレサを見て言った。
「テレサ、さん……?」
「え……?」
「あ、ええと。違っていたらごめんなさい……。似ていたので……」
弟の方は控えめにいった。
「あの、もしかして……。聖歌聞きに来てくれてた……。一番端っこの席で……」
「! そうです……! お久しぶりですテレサさん。あっ、ごめんなさい。僕はソーンと言います」
「なんと、知り合いだったのですね。なら大丈夫そうです、兄の方は、騎士団志望で……怪我を負っていて、身寄りも居らず栄養状態も悪いので、しばらくここにおくことになりまして……。それで年も近そうなので、彼らに色々教えてあげて欲しいそうです」
ぺこ、とソーンの方は礼儀正しく頭をさげる。
「アダムです」
兄の方も頭をさげる。
「……分かりました、えぇと……」
「今日はもう遅いので、2人がしばらく寝泊まりする部屋と……、兵士たちに準備されている夜食用の食事があるので今夜はそれで」
「来客用の部屋が6つありますが、どの部屋にしましょう」
「このパンすっごく美味しいです……!」
嬉しそうにパンを食べるソーンを見る、その表情があまりにも幸せそうで、少し笑みを浮かべた。アダムの方は落ち着かなさそうに周りを見回す。
「兄様……?」
「いや……」
「食べ終わったら大浴場の場所を教えますね、消灯時間は……」
食べながら大浴場や聖堂、食堂の場所を大体教える。そのあと、すぐに使うと思われる場所を一緒に回って、兄弟を元の部屋に送る。
「すごく……、その、広いんですね……」
「そうですね、わたしも最初の方かなり迷いました……、明日朝の食事は6時から9時までに取ってください、寝坊すると朝ごはん抜きになっちゃうので。わたしは大体早朝のミサと聖堂の掃除をやってから朝食をとるので大体8時くらいになります、その時迎えに来ようと思っていますが……、どうします? 朝ごはん先に食べていてもらってもいいですか……」
兄弟は顔を見合わせる。
「僕は……、迷いそうです……」
「俺はどちらでも」
「なら、お腹が空くようだったら、お兄さんと一緒にいって貰って……、どちらにしろ8時には一旦来るようにしますね」