forget me not
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「すいません、改めて。テレサ様の今後の予定の変更をお伝えします」
アダムが改まった様子でテレサと、そしてソーンの方に向いて言った。
「テレサ様の帰省予定日は来月に入って、そこから一週間です。
今回の件をご報告した所、もう殆ど魔剣や魔獣を押さえる力はなくとも、
ソーンの力を安定させるにはテレサ様の存在が必要と判断されたようです。
ただそれ以上伸ばす事は不可能だという事でした」
テレサはそれを黙って聞いていたが、ややあって口を開く。
「次にわたしの部屋に入る人は大丈夫なのですか?」
「……それが、もとから貴女の帰省を伸ばすことも考えていたようなのです」
「何故……?」
ふ、とアダムは息を付くとテレサを見た。
「三日後に、俺が戦線に向かう予定があったからです」
戦線に向かう、その言葉を聞いて。胸が冷たくなった。
しかしアダムが王宮騎士団長な以上、向かわないわけにはいかない。
「その間、もし今回のようなことが起こった場合。誰もグラナートを止められなくなる」
ソーンがそれを聞いてうつむいたので、テレサは彼の手を上から握る。
「……申し訳ございません、テレサ様。これも大分前から決まっていたのですよ、
なかなかお伝え出来ず……申し訳ございませんでした」
「いいえ……わたしはただの下働きの人間です。
アダムさんがわたしに謝る必要などありません……」
「兄様……また、行かれてしまうんですね……」
悲しそうな目をした弟の頭に、アダムは手を持っていく。
「ああ、大丈夫さ。2、3週間で戻ってくるよ」
アダムは暖かい声で言った。
「それにな、来月一日に下町で小さな祭りがある」
それを聞いてテレサははっとした。それに気づかないふりをしてアダムの話の続きを待つ。
「……! それじゃあ……」
それに気付いたソーンの表情が輝いた。それを見てアダムは苦笑する。
「お前は王宮から出られないだろう?」
「! そう、でしたね……」
一瞬でソーンの声がしぼむ。
「ソーン……」
「だ、大丈夫です! テレサさんは兄様と一緒に行ってきてください!
前は僕と兄様が一緒に行ったので……! 前はテレサさんが一人でしたし……」
「そういう事です」
とアダムが温厚な様子で微笑むとテレサに向かって膝まづく。
「その時は、私がテレサ様を護衛いたします」
その所作も表情も、美しく。まさか過去にスラムに捨てられていた子供だったとは誰も思わないだろう。
それを急に感じて、慌てたテレサは両手を振った。
「や、やめてください。わたしはもう重要な要人ではありません。ただの一般人です……」
「私は、“ただの一般人”に戻った貴女と行きたいのです。“テレサさん”」
「ちょっ……、からかわないでください……」
どれくらいぶりだろう、この恥ずかしい、と言う感情は久々に感じたものだった。
それを見てアダムは、くす、と笑った。
ソーンもそれを知ってか知らずか、にこにこしていてさっき喧嘩をしていたとは思えない。
「もう……、わたしは夕食の準備に向かいますからね……!」
「はい」
テレサは二人の居た部屋を出ると厨房に向かう、
石造りの廊下は寒かったが。どうしてかとても暖かく感じた。
(嬉しい、な……)
殆ど無意識綻んだ口元に気付いて、他の人にばれない様に口を結ぶと、早歩きで厨房に向かったのだった。
その次の日、もう大分城内を自由に歩けるようになったテレサは
アダムの姿を探して城内を歩いていた。明後日には彼は戦線に向かう。
彼の事は信じているが、それでもやはりもう一度会っておきたい。らしくないかな、と思いつつも、
せっかくほぼ自由に歩けるようになったのだ、会いに行っても構わない……と思う。
(忙しい、だろうな……)
一言二言でもいいから言葉を交わす必要がある。
噴水の近くに演習場がある、そこにいないだろうかと思って。周りを見回した時だ。
見覚えのある緑の衣。リョーフキーだ。彼に声をかけるのも、少しためらわれたが。
知っている可能性が一番高いのも彼だ。テレサはリョーフキーに声をかけた。
「リョーフキーさんっ」
「……!」
彼はこちらに気付いたらしくこちらに振り向くと、軽く手を上げる。
テレサはそちらに駆け寄ろうとしたがリョーフキーがテレサに動かなくていい事を伝え、
彼の方から歩いてきてくれた。
「テレサ様……! よかったですね、自由に歩けるようになって。……俺に何か用ですか?」
「お忙しいところ申し訳ありませんリョーフキーさん、……アダム騎士団長を見かけませんでしたか」
あぁ、と彼は言った。どうやら知っているようだった。
「さっきは執務室にいましたよ、今いるかは分かりませんけど」
「はい、ありがとうございました。……あ」
「ん?」
「明後日から戦線に行かれるのですね」
「え? あぁ、そうだな……安心してください、団長は俺がしっかり見てるんで」
リョーフキーはいつも明るい声で話す、明るくて暖かい彼も、明日にはもう戦場へ向かうのだ。
「リョーフキーさんも……どうか、お気をつけて」
「テレサ様……」
祈るように言うとリョーフキーが笑い、仰々しく頭を下げ、テレサの手を取った。
「一般騎士の俺に、テレサ様が心を痛めるのはもったいないですよ。
……その言葉、どうか団長に伝えてあげてください、団長の意志は俺たちの意志です、
団長が負けない、諦めない限り必ず共に戻ってきます」
丁寧な仕草に真っすぐな意志、王宮騎士団の気高さを改めて感じる。
「おい、リョーフキー」
聞き覚えのある声だが、いつもより低い。
「おっと……団長。どこ行ってたんだよ、テレサ様がめちゃくちゃ探してたぜ」
リョーフキーはテレサの手を放すと頭の後ろで手を組んだ。
「なにをさぼっている、早く持ち場に戻れ。まだ準備が残っているだろう」
「いいじゃないか。戦場に行く前に姫様と話をしたって」
「戦場では何があるか分からん、完璧に準備をしろ。
俺たちの後ろにどれだけの国民の命があると思っているんだ」
軽口をたたくリョーフキーに対して、アダムは厳格だ。
仲が悪そうに見えていつも一緒に居るのも、このバランスがとてもいいんだろう。
「承知しましたっ!」
わざとらしくリョーフキーがアダムに敬礼をしたのちに、
テレサにウインクをしてその場を離れていったのだった。それを見てアダムはため息をつく。
「全く……緊張感と言うものがあいつにはないのか……。申し訳ありませんテレサ様」
「いいえ……そんな。リョーフキーさん、とても良い方ですね」
それを聞くとアダムは僅かに笑みを浮かべた。
「えぇ……頼りになる団員ですよ、彼は。どれほどの団員が彼に命を救われたか。まあ、俺も、ですが」
テレサも僅かに笑う。
「テレサ様」
アダムが改まった様子で姿勢を正した。
「はい」
「私は明日、予定通り戦線に向かう事になりました」
「……はい、承知しております」
「必ず戻ってきますので、ご心配なさらないでください。……ソーンを、よろしくお願いします」
彼はテレサに向かって敬礼をする。
「……もう少しお話ししたいのは山々なのですが……」
彼は周囲に目線を投げる。
「大丈夫です。こちらこそ、貴重なお時間をいただいてしまって申し訳ありません」
「一介の騎士には勿体ないお言葉です。まだ準備が残っていますので、私は、この辺で」
アダムが丁寧に頭を下げ、踵を返そうとする。
その言葉、どうか団長に伝えてあげてくださいね
リョーフキーの言葉がよみがえって、テレサは慌ててアダムの名前を読んだ。
「……! テレサ様?」
足を止めてくれたことに感謝しながら、テレサは少しアダムに近づく。
「アダムさん、これ……」
テレサは手にずっと握っていた石をアダムに差し出す。
「これは……貴女のものなのでは?」
「……よく、ご存じですね」
いつも服の下に隠していたので直接見せたことはなかったはずだが。
「えぇ、たしか……サヴァイヴァーニィとグラナートの封印の時。身に着けていらっしゃったと……」
テレサは頷いた。
「下町でいた時に旅行先で買って、ずっとわたしを守ってくれていた石です」
「騎士団長……!」
騎士団の一人がアダムに声をかけた。何かあったのだろうか。
「分かった、すぐ向かう。少し待って欲しい」
「了解です」
忙しそうだ、彼はもう一度テレサの方を見たので。
テレサはその透き通った金色の目を正面から見た。
「お守りに渡します、必ず、アダムさんが返しに来てくださいね」
テレサはそこでようやく笑うと、アダムの目を見た。
「はい、必ず」
「アダムさん。どうか、お気をつけて」
彼は返事をすると僅かに笑みを浮かべ、テレサに背中を向けると、小走りに、その先に向かったのだった。