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『……アダムです、テレサ様、いらっしゃいますか』
扉の向こうからくぐもった声、テレサは返事をした。
がちゃと扉が開く音がして、アダムが入ってきた。
「アダムさん……」
「女王陛下から、今後の貴女の予定に変更がありましたので、お伝えに参りました」
「……はい」
アダムの声が、いつもよりなんとなく冷たいのを感じながら、テレサは返事をする。
「貴女が……」
アダムが言いかけた時、衣擦れの音と小さく呻く声が聞こえたので
テレサは顔を上げ、アダムはソーンの方を見た。
「ソーン……?」
「……ん……、……ここ、は……?」
ソーンのぼんやりした声、どうやら目を覚ましたらしい。テレサはいつも通りに言った。
「あなたの寝室ですよ、ソーン」
「……! テレサさん……っ? 兄様、も」
ソーンは慌てて起き上がろうとするので、急に動いてはいけないとソーンの肩を弱い力で押した。
肩を持った時の感じ、まだ細いが、出会った時よりしっかりしていて、大きくなったな、と感じる。
「調子はどうですか……?」
「…………」
「っ……」
テレサを見た時、ソーンの表情が歪み、彼は俯いた。
「ソーン……」
何を言ったらよいのか分からない、ソーンも、何も言わない。
「……ごめんね、ソーン。伝えるの遅くなって」
「………どうして」
と、ソーンは押し出すように言った。俯いたまま彼は上掛けの毛布を掴み、その肩は小刻みにふるえていた。
「兄様も、姉さまも……僕を置いていくんですか……?」
「ソーン、それは……」
アダムが上から重ねるように言ったが、その後すぐにソーンが強い声で言った。
「僕はっ……兄様も姉さまも一緒がいいです……! なのに、なんで僕のそばからいなくなるんですか?
二人共いつも知らない顔をして。僕だけっ……」
「落ち着けソーン、これは仕方ないんだ」
「そうやって、いつも僕に言うじゃないですか!
兄様は遠征中何も連絡もなく、帰ってきてもすぐいなくなるしっ……。
姉さまもですっ、どうして僕にすぐ教えてくれなかったんですか……!
二人共平気な顔をして、僕だけ、馬鹿みたいです……!」
「いい加減にしろ、ソーン!」
アダムの強い声に、テレサは思わず肩を跳ねさせた。
「お前はもう下働きの手伝いの人間じゃないんだぞ、この国を守らなければいけない恩寵天使だ」
「嫌ですっ……! 僕は元の場所に戻りたいです!」
「甘えるなよ、ソーン」
「兄様なんて嫌いです! 僕は姉さまと一緒にっ……」
「だから、それは無理なんだ。いい加減諦めろ……!」
「うるさいッ!」
ソーンが叫んだ。急に足元から冷気が上がってきて、暖炉の火は消え、部屋が凍り始め、
寝台の上で頭を抱えたソーンの周りに氷の棘が成長し始める。
「っ……」
今の状況でソーンは不安定だった、こうなる事も一応予想はしていたが。
「……ソーン」
テレサは一人で震えるソーンの肩に手を置いた。成長した氷の棘がテレサの服を裂いて、
腕に薄く赤い線がつく。この氷の棘は、彼の心の痛みか。
しかしこの現状を変える事はもはや不可能で、テレサは眠りの旋律を紡ぐのだった。
「申し訳、ありません……お見苦しいところを」
アダムが片手で顔を隠すようにして言った。テレサは静かになった
ソーンを寝台に寝かせる。テレサはゆるゆると首を振った。
「わたしも……・すいませんでした。お伝えするのが遅くなってしまって。
本当は一週間近く前から決まっていたのですが……」
めくれた袖を元に戻すが、布自体が破れているので、殆ど意味をなさなかった。
「テレサ様……、傷が……」
「大丈夫です、ほっとけば治ります」
「……」
アダムの目がテレサを捕らえたが、テレサは気づかないふりをする。
「暖炉の火が……消えてしまいましたね、火種をもらってきます」
彼は部屋を出て行ったのだった。
「ソーンが?」
「えぇ、まあ」
アダムは戻ってくると、すぐに暖炉に火をつけてくれた。
ソーンは少し前から、いつかテレサと一緒に暮らせるようにならないか、
とアダムに聞いていたのだという。しかしそれは不可能に近く、ふんわり誤魔化していたのだという。
「俺が、きっぱり弟に不可能を伝える事ができなかった」
「……でも、それは。今の現状で、と言う事でしょう。世界は常に変化していきます、
もしかするとそうなるかもしれない。例えばこの国が……アダムさんや、それこそソーンの力で、
もっと豊かになったとすれば。ありえない事ではないかもしれない」
まあ、ただの、“希望”や“願い”に過ぎないのだが。それを変える力は少なくとも、テレサにはない。
「……それは、貴女の願いですか」
アダムがテレサの目を正面から見ていたが、
テレサはそれを正面から受け止める事は出来ずに目を閉じて、少し俯くと、膝の上で手を組んだ。
「いいえ……わたしの願いは、アダムさんとソーンの幸せな未来です。
世界がたとえどんな状況であっても、
わたしはアダムさんとソーンがありのままの姿で生きていける事を願います」
アダムは、ふう、と息をつくと束の間目を閉じた。
「貴女と、いう人は……」
呟いたアダムの声を聞きながら、ソーンの方を見た時だ。彼の金色の目と“合った”。
「……!」
「ソーン……、いつから……」
「……テレサさんの、願いを聞いた時です……」
「…………」
テレサは自分の手を見た、明らかに眠りの封印の持続時間が短くなっている。
一瞬目を閉じ、息を付くともう一度開いた。またソーンと目が合って、テレサは言う。
「ソーン……あの……」
「もう、いいです。テレサさんがそう思ってくれるなら、我慢します」
つん、とした声で言ったソーンにテレサが手を伸ばす。
「……! 傷、が……」
「大丈夫ですよ、その内治ります」
「兄様も姉さまもいつもその言い方ですね、僕だって、これくらい……」
ソーンがテレサの腕を持って、手をかざす。暖かい光が満ちて、腕の傷が消えた。
「癒術か……、すごいじゃないか、ソーン」
「兄様……僕はまだ怒ってますからね」
ソーンが言うとアダムは苦笑する。
「……」
「…………」
「……ごめんなさい、兄様……わがままを、言ってしまって」
「ソーン……」
あっさり謝ってしまうソーンに、テレサは不謹慎にも少し笑ってしまいそうになる。
「わ、笑わないでください……! 僕だって、分かっているつもりです……兄様がとても忙しいことも、
テレサさんも大変な事だって……。でも……寂しいです。いつ何が起こるかも分からないのに、
ひとりに、しないでください……」
ソーンがテレサの方を見る。ソーンの意志をなんとなく汲み取ったテレサは
ソーンの方に腕を伸ばすと、彼は抱き着いてきたのだった。
テレサはそうでもないかもしれないが、アダムは、命の危険がある戦場にすら向かう、
もっと一緒に居たいと思うのは当然のことだろう。
「ふっ……」
小刻みにふるえるソーンの体をテレサはそのまま抱きしめる。
衣擦れの音が聞こえたと思うと、ばさっ、と何か被せられた。
それが何か確認すると、アダムのコートだった。
「アダム、さん……?」
「すいません、俺の体は冷たいので……。せめてこれくらいはさせてください」
「……」
もちろんアダムの体温で暖まっている事も無いが。自分とソーンの体温で僅かに暖まってくる。
頬に触れるファーが気持ちよくて、テレサは少し目を閉じたのだった。