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それからさらに数日経った。テレサが廊下の掃除をしていた時だ。
「テレサ様……!」
騎士団の一人が慌てた様子で駆け寄って来た。
「はい、どうかされたのですか?」
「グラナートがっ……」
「……!」
その言葉を聞いて、テレサは背筋が凍る。あんなに安定していたのに、急にどうして。
「分かりました、すぐに向かいます」
(ソーン……!)
テレサはその騎士について、走った。
「アダム騎士団長はっ……?」
「下町の警らに向かっていて、まだ戻るのに時間がかかります……!」
「ソーン様の状況は分かりますか?」
「……申し訳ございません、細かい事は分かりません。アカンティラド様と稽古中だったようです」
「……分かりました」
ソーンの状況が分からない、テレサはソーンの無事を祈りながら彼の元へ向かうのだった。
「テレサ様……!」
ソーンがいつも稽古をしている部屋の前で警備に立っていた騎士がテレサの名前を呼んだ。
(寒い……)
扉の隙間からすでに冷気が漏れている。
「今アカンティラド様が術で縛っています……! テレサ様、どうか、お助けを……!」
「っ……」
はたして、まだ自分はグラナートを止められるのだろうか。
「開いてください」
「は、はいっ……どうかお気をつけて。開きますよ……!」
扉も凍り付いていたのか、ばきっ、と音がして扉が開くと、冷たい空気が体にまとわりつく。
部屋の中はまるで氷の洞窟のようになっていた。その氷の棘の中心で、
グラナートの“蒼い目”をしたソーンがこちらを見つめていた。その目に温度はない。
「来ましたか、テレサ殿……! 止められそうですか」
「やってみます」
ぱきぱきと氷の棘は成長しさらに空気は刺すように冷たくなり、息が止まりそうだ。
ソーンの蒼い目がテレサを捕らえる。やばい、と思った。
ソーンが手首を返すと急激に成長する氷の棘が床を這い、真っすぐテレサを狙う。
「テレサ殿……!」
「っ……!」
避けられない、防御の体制をとる余裕もテレサにはなく、串刺しを覚悟した時、
目の前に紺色の衣が飛び込んだ。
「カラドボルグ……!」
ガッ、と固いもの同士がぶつかる音がする。
自分に衝撃は届かず、冷たい氷の破片が体に当たって溶けてゆく。
改めて目の前を確認すると、見慣れた背中だった。
「アダム、さん……?」
「テレサ様、遅くなって申し訳ございません。お怪我はありませんか」
「は、はい」
テレサが返事をするとアダムがソーンの方を見た。
「何をしているソーン! テレサ様を傷つけるな……! しっかりしろ!」
さっきと同じようにソーンが手首を返すと、急激に成長する氷の棘が襲う。
「ちっ……、テレサ様!」
「っ!?」
急にアダムに抱えられ、少し離れた場所に着地する。さっき立っていた場所には鋭い氷の棘が生えていた。
終焉禁獣に意識を奪われているソーンは殆ど見境なく、その強すぎる力を発散させている。
(ソーン……)
この状況では眠りの封印を行う余裕がない。どうにか、向こうの動きを止めなくては。
「向こうの、動きを止める事はできませんか」
「……そうですね、私も思っていました。できない事はありませんが……」
「そう、ですよね」
ソーンを傷つけたくない、それはアダムもテレサも同じだ。目の前で見境なく力を使っているソーンを見つめて、アダムが言った。
「……やりましょう、弟もその覚悟は持ってグラナートを封じたはずです」
「……そうですね」
アカンティラド殿、とアダムが言った。
「まだいけますか?」
「できん事は無いが、長くはもたんぞ」
作戦はこうだ、アカンティラドに一瞬でもソーンの動きを止めてもらい、
さらにアダムのアイシクルコフィンで完全にソーンの動きを停止させる。
そして、その間にテレサが封じる、という流れだ。まあいずれにせよ長くは持たないだろうが。
詠唱中テレサは動けないので、その辺も全て二人に頼るようになってしまうが。今はそれしか手が打てない。
テレサは目を閉じて集中すると、一番最初の音を探し、旋律を紡ぐ。
(ソーン、グラナート、聴いて……お願い)
一人と一匹はこの国を救う英雄になる、愛されて一緒に成長していく権利がある。
テレサは祈るような気持ちで旋律を紡いだ。
「アダム、今だ……!」
「アルマ一刀流秘奥義……」
ソーンの動きを完全に止めていたアダムの氷点術式が解け、少年の体は軽い音を立てて倒れる。
(止ま、った……)
「ソーン……!」
アダムがソーンの方に駆け寄り、ソーンの様子を確認すると、息を付いてゆっくりソーンを抱き上げた。
「大丈夫そうです……眠っています」
その声を聞いてテレサの方も急激に力が抜け、床に座り込んだ。
隣にいたアカンティラドが軽く手を添えてくれる。
「よ、よかった……」
言葉通りテレサは胸をなでおろす。まだ心臓が大きな音を立てており、深呼吸する。
「テレサ様、大丈夫ですか?」
「はい……、ちょっと驚いてしまって……」
一応声を出すが、その声は震えていて、テレサは苦笑する。
もし止められていなかったら、と思うと本当にぞっとした。
「騎士団長……!」
「大丈夫かアダム……!」
聞き覚えのある声に振り向くとリョーフキーとヴィーセリツァだった。
「……あぁ、問題なさそうだ」
「肝が冷えたぜ……」
リョーフキーも同じように胸をなでおろした。
その後、どうしてソーンがこのような状況になったのか、と言う方に話が流れる。
アカンティラドが言うには、随分落ち着いていたので、
いつもより少しソーンに負荷をかけたという話だった。
「少し負荷をかけただけで、“こう”なるのか?」
リョーフキーが氷の棘があちらこちらから成長し、
壁を破壊している室内を見回す。アカンティラドが黙って首を振る。
「いや、今日朝からいつもと様子が違う感じが少しあったのだ」
ふいにアカンティラドの目がテレサを捕らえ、テレサは緊張を覚える。
「テレサ殿が今月いっぱいで王宮を出る、という事を、今朝聞いたそうだ。
この子は笑って強がっていたがな……。まさかこんなことになるとは……私のミスだ。申し訳ない」
「……!」
テレサは顔を上げた、その事をまだ誰にも伝えていなかったのだ。アダムの目がテレサを見た。
「テレサ様……」
「テレサ様、今月いっぱいで戻るのか?」
リョーフキーが驚いた様子で言った。
「す……すいません……。お話が遅くなってしま、って……」
アダムには会えなかったし、ソーンに伝える勇気がなかったテレサは俯いた。
「ごめんなさい……」
グラナートの暴走の引き金を引いたのは自分だったのだ。
「えっと、いや。謝る必要はないですよ……! 少なくとも俺らは遠征や任務で忙しかったですし……」
「テレサ様、王宮を出て行く日の変更はできないのですか?」
アダムがどこか複雑な表情で言った。
「すいません……わたしのいる部屋に他の人が入る予定がすぐにあって……お伺いを立てないとなんとも」
「……そうですか、分かりました。
リョーフキー、女王陛下に報告しに行くぞ。ヴィーセリツァはソーンを頼む」
「了解」
「承知致しました」
アダムとリョーフキーは部屋を出て、ヴィーセリツァはソーンを抱き上げると、
テレサに軽く会釈し、出て行った。
「…………」
部屋にはアカンティラドとテレサだけになる。
「……テレサ殿が気を病む必要はない、どうしようもない事は実際存在するからな」
「はい……、すいませんでした……」
いいや、と彼は言うと立ち上がったのだった。
その後、女王陛下からの伝言で、また同じような事が起こった場合の防衛策として
ソーンが目覚めるまで近くにいるよう指示を受けたテレサは眠ったままのソーンがいる部屋に通される。
入口には護衛の騎士がいて、どこかものものしい空気があった。
ぱちぱちと暖炉の薪がはぜる音、テレサはソーンが寝かされている寝台の近くに座って、
揺れる炎を見つめていた。その時木製の扉を叩く乾いた音がしてテレサは顔を上げる。
『……アダムです、テレサ様、いらっしゃいますか』