forget me not
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その晩、テレサが寝る準備をしていた時だ。部屋にノックの音が響く。
もう日付が変わっていて、随分遅い。一瞬ソーンかと思ったが。
ソーンは王宮の完全管理下で、自分で外出することは不可能なのだ。
誰だろう、そう思って少し細くドアを開けた。
やはり外に誰か立っていて流石に驚いたが、その姿をまもなく認識する。
「ぇ……、アダムさん……? どうし……」
アダムだった、しかし様子がおかしい。
「テレサ、様……」
「っ……」
彼は殆どテレサの方にゆっくり倒れこむように部屋に入ってくる。
何とか壁に手をついてアダムと転倒しないようにするがアダムの体の大きさに負けて、
転倒こそ免れたが床に座り込む形になる。
その冷たい体には、全身に力が入っていて、肩で息を付いているのが分かった。
「うっ……」
彼が押さえているのは腕で、まもなく予想がついた。
(サヴァイヴァーニィ……)
アダムの中でサヴァイヴァーニィが暴れている、おそらく遠征の疲れがでたのだろう。
「痛むんですね」
「……」
「分かりました、立てますか? 少し我慢してください、すぐサヴァイヴァーニィを抑えます」
テレサの力は眠りの封印だ。
ここでかけるとこのままサヴァイヴァーニィと一緒にアダムが眠ってしまって、
彼をベッドにあげることができなくなる。その声に答えてアダムがもう一度体に力を入れてくれたので、
テレサはアダムを支えながらなんとか立ち上がる。
「く……」
何とかアダムをベッドに横にする。辛そうだ、テレサはその様子に眉をしかめながらアダムの額に手をかざす。
「お疲れ様です、少し休んでください」
眠りの旋律を紡ぐと、まもなくアダムが静かになる。
「…………」
はぁ、とテレサはため息をついた。よかった、まだテレサの力は消えていないようだ。
テレサの力は抵抗を止めさせるものではなく、本人に負担の少ない程度に抵抗を抑えるもので、
暴れるサヴァイヴァーニィを完全に止める事は出来ない。
アダムは眠ってはいるものの、痛みからか、
たまに聞こえる呻き声や、眉をしかめるところが見え、こちらも辛い。
(こん、なの……)
例えばテレサの力が完全に消え、サヴァイヴァーニィが抵抗を見せた時、
彼は一人でこれと戦わないといけない。
「ぅ……」
サヴァイヴァーニィをアダムに封じたのは自分だ、
“そうなっていく”事が分かっていて、アダムの意見に賛同したのだ。
(だから、わたしは……)
アダムやソーンを見守る義務があると思うのだが、その役目をテレサが全うすることは不可能で。
「…………」
本人の消耗によって今回のようなことが多発すると、アダムは命さえ危ない可能性があるのに。
(分かってた、筈なのに、な……)
それでもアダムと決めた覚悟だ、謝るわけにはいかない。
でも辛くて、テレサは少しの間そこで泣いていたのだった。
次の日、暖炉の前で寝ていたテレサは体を起こした。時間を確認して、アダムの様子を見る。
どうやらアダムはまだ眠っているようだった。
(……お疲れ様です、アダムさん)
遠征から帰ってきてすぐソーンに会いに行って、その後遠征中に溜まっていた書類を処理していたのだろう。
「……」
テレサはアダムの髪に少し触れる。できれば寝かせておいてあげたいが、
テレサはまもなく食事の準備手伝いに向かわなくてはいけないし、アダムの仕事の状況も分からない。
(もっとわたしに、何かできればいいのにな……)
起こさなくては、と思い声をかけたが起きないので、軽く肩をゆする。
「アダムさん」
「……ん」
彼は小さくうめくと目を開ける。
「テレサ、様……?」
「はい、おはようございます。起こしてしまってすいません、調子はどうですか?」
「調、子……? ……!」
アダムは最初なんの話だろう、と言うような表情をしていたが、その事に気付くと急いで身を起こした。
「も、申し訳ありませんテレサ様……っ。昨日、は……」
いいえ、とテレサは首を振る。
「すいません……騎士団長とあろう者が……」
アダムは口元に手を持っていく。
「お気になさらないでください、体調はどうですか?」
「はい、問題ありません。昨日は……ありがとうございます」
「大丈夫そうでよかったです。今日お仕事は……」
「午前中だけ休みをいただいています」
「そうなんですね、起こしてしまって、すいません……」
彼は「いえ」と短く答える。
「他の連中に目をつけられると面倒なので、今のうちに戻ります」
はい、とテレサも頷く。
「わたしも、朝食の準備に入ります。お大事に」
彼は礼を言って、頭を下げると立ち上がる。
「あの、アダムさん」
「はい」
テレサはアダムの後姿に声をかけた。彼は振り向いてくれる。
「……いつまでここにいられるか分かりませんが、また何かあればいらしてください」
「テレサ様……。はい、ありがとうございます。では失礼します」
アダムは丁寧な仕草でもう一度頭を下げると部屋を出て行った。
「…………」
(来てくださって、よかった……)
まだ自分は、ここでの価値がある事を感じることができる。やはり少し、寂しいが。
テレサは朝食の準備に取り掛かるためにゆっくり立ち上がったのだった。
「今月末、ですか?」
そうだ、と女王は言った。
「ソーンのグラナートも安定している。長い間、本当にご苦労だった」
テレサに告げられたのは、王宮から出て行く日だ。
「ご両親にも手紙を送っている、褒美と共におまえを送り返そう」
嬉しいが、嬉しくない。正直今家に戻って何をすればいいのかもテレサには分からない。
でも、まあ、どうにかなるか。
「あと1、2週間はもう少しグラナートの様子を見てもらうようにするが、
その後は外出も許可する。もし外出したければ声をかけてくれ」
「はい、ありがとうございます。承知しました」