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ソーンにグラナートを封印して数日経ったか、
テレサが食事を取りに部屋から出て行き。ソーンがベッドの上で短く咳き込む。
封印自体は成功したのだが、やはり最初の方はグラナートにオドと体力を奪われ、
ソーンの方は軽い喘息のようなものを起こしていた。
命を奪うものではないが、ソーンは辛そうで見ているこちらも少し辛い。
「にい、さま……」
ソーンに呼ばれ、アダムはソーンの方を見た。
「どうした?」
「そばに、来てください……」
アダムは椅子から立ち上がると黙って、ベッドの方へ歩いた。
兄様、と手を伸ばしてくるのでアダムはその手を取ろうとするが、一瞬ためらわれる。
「俺の手は、冷たいぞ」
「かまいません」
アダムは弟の暖かい手をとった。
「姉さまはどこですか……?」
「今食事を取りに行っている、テレサ様が戻ってきたら、一緒に食べよう」
「……はい」
と、ソーンは微笑むと短く咳をした。
「……騎士団のお仕事は良いのですか……?」
「あぁ、全部リョーフキーに投げてきた。俺のところに来るのは大量の書類くらいだよ」
そうなんですね、とソーンは答える。
そのほかにも弟は花壇に植えた種の事や、聖歌隊の事等を聞いてきたのだった。
これだけ弟と一緒に居られるのが久しぶりで、アダムはスラムでいた時の事を思い出す。
あの頃はまさかこんな事になるなんて、思いもしなかった。
明日生きられるかも分からない状況だったのに、
今は随分恵まれているな、としみじみ思うのだった。
その晩、隣のベッドがきしむ音がした、
騎士団でいたためか僅かな音でも目が覚めるようになっていて、アダムは目を開く。
部屋は暗いが隣のベッドでテレサが起き上がっているのが見えた。
この部屋にはベッドが2台しかない、人の体温ではないアダムが人間と一緒に寝る事は出来ないので、
テレサがソーンと一緒に寝ていたのだが。
「テレサ様……?」
「アダムさん……」
「どうかされましたか?」
テレサは小さい声で「ソーンが」と言った。
アダムはベッドから降りると隣のベッドの方へ向かった。大体想像はついた、
グラナートを封印してから時々ソーンがうなされる事がある。多分それだろう、
テレサとソーンのベッドの方へ向かうと、やはり思った通りソーンはアダムを探していた。
「ねえさまっ……兄様はどこにいるんですか……っ? この前怪我をしてっ……」
咳き込みながらテレサにアダムの所在を問うソーンに声をかけてやる。
「ソーン、俺はここだよ」
「兄様、どこですか? 見えないです……!」
ソーンの手が空を掻くので、アダムはその手を掴む。
「大丈夫だ、ここにいるよ」
「手が、冷たいです、どこか怪我をっ……」
「心配するな、大丈夫だ、ソーン」
もう一度重ねて大丈夫だ、と言うと、ようやくソーンの目がアダムを捕らえ、
やがてテレサの方に倒れこむ。どうやら眠ったらしかった。
「ソーン……、かわいそう」
テレサがソーンの体を軽く抱きしめる。
「すいません……テレサ様」
「いいえ……、大丈夫ですよ。気にしないでください、やっぱりソーンはあなたが一番なんですね」
「兄弟ですからね」
テレサが僅かに笑った気配があった。
できればテレサと場所を変わりたいのだが、どうしても体温の事があって、それができない。
「本当に……貴女には頼ってばかりで、申し訳ありません」
兄弟そろってどれだけ彼女の世話になっているのだろう、と思う。
本来ならテレサに頼られる側にならないといけない筈なのだが。くす、とテレサが笑った。
「いえ……わたしは嬉しいくらいですよ、アダムさんとソーンの力になれて。
この力は自分を王宮に縛るものだと勝手に思っていたんですが……
でもあなたたちの役に立っているのを考えると。この力が消えていくのは、少し惜しいですね」
テレサの力は使えば使う程消えていく、
その力が完全に消えてしまえばもうこの王宮には必要がなくなる。
「実家に……帰りたいと思っていたのではないのですか?」
「最初はそうでした……、あなたたちに会うまでは。
急に知らないところに連れてこられて、掃除とか料理とかさせられて
……不安で仕方なかったんですけど、ソーンがいてアダムさんがいて。
悪くないなって、ちょっと思ってしまいました」
「…………」
「……できれば近くで、あなたたちを見守っていたかったのですが。
もう殆ど力が消えてきていて、そろそろわたしの役目も終わると思います」
「テレサ様……」
最初の方は、頼れる人、話せる人、テレサぐらいだった。
あれからどれくらい経ったか、いつの間にか自分たちを取り巻く状況は変わっていって、
やがてテレサは自分と、そしておそらくソーンの心の大部分をも占めるようになっていた。
しかし今は、アダムは騎士団長で、ソーンは恩寵天使だ。
いつまでも彼女に甘えているわけにはいかない。次こそは自分たちが本当に彼女を守っていく立場になる。
「もし、貴女が元の生活に戻っても、また会いに行きます、ソーンと一緒に。
貴女が安心して生きていけるような、そんな国にします」
「うん……ありがとう」
でも、もし叶うならば。
「……テレサ様」
「はい」
「……いえ、なんでもありません。体が冷えますよ、もう休みましょう」
それからしばらく経った。ソーンへのグラナートの適応はほぼ成功し、後遺症もなく、
今は殆ど元の生活に戻っていた。魔導書を読んでいたソーンがそれを見ていたテレサに駆け寄ってきた。
「テレサさん、見てください……!」
彼が見せてくれたのは氷の蝶。きらきらひらひら、光る氷の粒子を纏いながらソーンの手の上で舞う。
「すごい、綺麗……!」
でしょう? とソーンが嬉しそうに笑った。
「やっと形になるようになったんですよ……!
って他の事に気を取られるとすぐ消えちゃうんですけど……」
ソーンの言った通り少し話しただけで氷の蝶はすぐに消えてしまう。
前まではソーンに聞かれることは音楽の事が多かったのだが、
今ではもっぱら魔術の事を聞かれることが多い。
しかしテレサは多少治癒術はできても魔術の事は殆ど分からないので、
彼の問いに関して答えられない事が増えてきた。それを考えると、
そろそろ自分の役目も終わりに近づいているのを感じて、切ない気分になる。
「あ、そうです……! あのですね、女王陛下が僕に魔術のお師匠さんを付けてくれるみたいなんですよ」
ソーンは終始機嫌もよく、楽しそうだ。テレサは彼の話に耳を傾ける。
「……いつか、兄様の隣に立って、一緒に戦えるようになりますかね?」
ソーンが金色の瞳でテレサを見上げてくる、
正直テレサはあまりソーンに戦場には行ってほしくないが、
彼がそれを望むならテレサに止める権利はない。
「そうですね、きっとなれますよ。ただ……」
「ただ?」
あまり怪我をして欲しくない、と言う言葉は飲み込んだ。
「……いいえなんでもありません、いつかアダムさんみたいにかっこいい姿を見せてください」
「はい!」
時計を見て、そろそろ夕食の手伝いをしなければいけない時間になっているのに気づく。
「わたしはそろそろ夕食の手伝いに行ってきますね」
「あっ、僕も……」
「ソーン……この間全員分のスープを凍らせてしまったでしょう?」
「う……」
意図せずしてしまった事と言え、釜の火まで消してしまって。大幅に夕食が遅れたのだ。
彼が責められるという事は無いが、他の人に迷惑はかけてしまった事になる。
「気持ちは嬉しいけど、もうちょっとグラナートと仲良くなってからね」
「はい……」
しゅん、としてしまったソーンにテレサは苦笑する。最初の方はどうしても仕方ない。
「……姉様」
ソーンが呟いた。彼は甘えたいときにテレサの事をそう呼ぶようになった、
彼の立場上どうしようもない部分もあって、前ほどその呼び方を注意することはなくなった。
「また、来てくださいね。お忙しいのも分かりますし、
グラナートを封じたので僕と接触する時も手続きをしないといけないのも分かります。けど……」
淋しいです、とソーンは小さい声で言った。
前まではほぼずっと一緒に行動していたのに、
グラナートを封じた瞬間、ソーンに会うだけでも手続きをしないといけなくなった。
アダムも騎士団長の為忙しく、会える機会はテレサよりもっと少ない。
その会話をしている間にも夕食の手伝いに向わないといけない時間は近づいてくる。
「また来ますよ、わたしだって。ソーンに会いたいですから」
「本当、ですか……?」
「うん、今日は……もう時間的に無理ですがまた明日か明後日には」
「はいっ、待ってますね……! もっと魔術の練習しておきます!」
「うん」
ともう一度テレサは返事をしたのだった。