forget me not
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「ソーン」
アダムの声がした。ソーンは顔を上げる。今日はグラナートの封印の日だ。
ソーンは別の下働きの者たちの手伝いをしていた。
別に今日は手伝いをする必要もないと言われていたのだが、ソーンはそれを断った。
いつものように動いていないと、怖かったから。
「行こうか」
「はい」
テレサは先に準備に入ると、朝から祭壇に向かっていて、今は一緒に居ない。
それを聞いた瞬間今まで見ていた世界がまるで別物のように見えてくる、
なんだか無機物のような、温度のないそんな感じだ。アダムはソーンの手を握ると、引いてくれた。
(グラナート……どんな生き物なんでしょう……)
まだその姿をソーンは見たことがない。
テレサは「美しい獣」だと言っていたが。
やがてソーンが入ったことのない区間に入り、高い天井に足音が響く。
そこの守備を任されている騎士たちが、アダムとソーンを見ると敬礼し、
ソーンはいつもと違う……いや、違ってしまった空気を感じる。
「不安か?」
「……だ、大丈夫です。僕だって兄様みたいに強くなります」
ああ、足が、体が震える。アダムはソーンの頭に手を伸ばすと撫でてくれた。
「そうか、ならいい。おまえは俺の弟だ、頼んだぞ、ソーン」
アダムが笑う。
「はいっ」
とソーンはなるべくはっきり返事をした。
その獣は部屋の奥で眠っているようだった。純白の毛に、立派な角。
その近くに祭事用の白いローブを羽織ったテレサが立っていた。
「連れてまいりました、テレサ様」
「はい、ありがとうございます」
二人の声の感じも空気も、いつもと違って、ソーンはまたすぐに不安になる。
「ソーン」
「は、はい。よろしく、お願いします。テレサ、様……」
それを言うとテレサはくす、と笑った。
「そんなにかしこまらないでください、いつも通りでいいですよ、ソーン」
ソーンは返事をする。
「グラナート……どんな性格なんですか?」
「そうですね、少し意地っ張り……ですかね。だからこの子は友達がいないんですよ」
「テレサ様……」
アダムがやや呆れた様子で言った。
「ずっとここで一人ぼっちで、もう何十年も外の広い世界を見ていない」
「でも、テレサさんがいたのではないですか?」
テレサは首を振った。
「いいえ、わたしではこの子の友達になれないんです。ソーンくらい強い人でないと」
ソーンはそのままテレサの話を聞く。
「グラナートを助けられるのはソーンだけなんですよ、一緒に外に出て、
色々な景色を見せてあげられる可能性があるのも」
「……」
(寂しい、んでしょうか……?)
確かにずっとここに閉じ込められていては、好きなことも楽しいこともできないかもしれない。
「グラナート……」
眠っている状態だと、確かに体は大きくて少し怖いが、そこまで恐怖を感じる事はなかった。
あんなに怖いと思っていたのに、テレサの話を聞くと、そうでもないのかもしれない。と思ってくる。
テレサが改めて言った。
「……女王陛下から、ソーンの意志を確認するように言われています。ソーン=ユーリエフ、
貴殿はグラナートを体に封印し、蒼王宮の恩寵天使となりますか」
ソーンにはもう、それを断る気はなかった。
「――はい」
テレサが目の前まで歩いてくる。
「ソーン=ユーリエフに幸あらんことを」
テレサの暖かい手がソーンの頬に触れた。
(あったかいな……)
ソーンは目を閉じる。
「ソーン」
アダムの声が聞こえて、兄の手が自分の手を握った。
「はい、大丈夫ですよ。なんたって僕は、兄様の弟ですから」
やがてテレサの眠りの旋律が紡がれ、意識が遠くなる。一瞬不安がよぎるが、
アダムの手の感触があって、テレサの暖かい旋律が聞こえ、ソーンはそれに身をゆだねた。
(本当に一緒に居たいと、願うなら……)
大丈夫だ、とソーンは思った。
「……!」
ふと、ソーンは白い空間に立っていた。
(ここは、どこでしょう……)
何もない空間、そう思って周りを見渡すと、そこには純白の毛と立派な角を持った美しい生き物が、
水晶のような四つの瞳でソーンを見ていた。
「グラ、ナート……?」
封印が成功しているのか、そうでないかの判断がつかないが、これから一緒に生きていく獣だ。
挨拶はしないといけないな、と思ってソーンはゆっくりグラナートに近づいた。
「は、初めまして。僕はソーン=ユーリエフと言います。これから、よろしくお願いしますね」
グラナートはこちらの様子を観察するように見ていた、獣は喋れない、動物を飼ったことはないが、
多分分かるようになるのではないかと思う。
「一緒にいきましょう、グラナート」
ソーンはグラナートに手を伸ばしたのだった。
(どう、なったんだ……?)
白い光に呑まれたと思ったら、その場からグラナートの姿は消えていて。
残っているのは自分と、部屋の真ん中で、眠ったソーンを抱いているテレサだけだ。
「テレサ様……ソーンは……」
「……今は眠っています、グラナートと一緒に」
「どうなったのですか……?」
「……今のところ安定していますね」
その声を聞いてアダムは詰めていた息を吐きだした。
「よかった……」
ふう、とテレサも息を付いた。
「テレサ様は、大丈夫ですか?」
「はい、わたしは全く。ちょっとすんなりいきすぎてしまって驚いていますが」
「……私もですよ」
自分の時とはえらい差だった。それほどソーンの力が強いという事だろうか。
いずれにしろまだ気は抜けない事、2、3日はなるべく3人で一緒に行動した方がいいという事を話し、
テレサから眠ったソーンを抱き上げると立ち上がったのだった。