forget me not
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ソーンへのグラナート封印を数日後に控えたある夜だった、
テレサが自分の部屋で寝る準備をしていた時だ。
コンコン、と木製のドアを叩く乾いた音がして返事をする。
部屋に入ってきたのはソーンだった。魔導書を両腕で抱え、
暗い表情をしたソーンにテレサは心配になる。
「ソーン? どうかしましたか?」
「テレサさん……」
ソーンはテレサの前まで歩いていて来たので、
テレサは彼の視線に合わせるようかがみ、覗き込んだ。
「ソーン……?」
声をかけた瞬間、少年の大きな瞳から大粒の涙がこぼれ始めて、テレサは慌てたが、
すぐにその細い肩に手を置く。
「どうしたの?」
ソーンは嗚咽を堪えながら何度も手で涙を拭う。どうしてこんなに泣いているのか、
いくつか浮かぶものがあって、どうしてか一緒に泣いてしまいそうになったのでソーンの背中に手を回すと、
彼はまるで小さな子供のように縋ってくる。
「姉、さま……つ」
「わたしはここにいますよ」
テレサはソーンの頭までしっかり抱き込むと、彼が泣き止むのを待つのだった。
やがて少し落ち着いてくると、ソーンがどうしてあんなに泣いていたのか教えてくれた。
その理由は“グラナートの封印が怖い”と言う内容だった。痛いのかとも聞いてきたし、
自分は自分でいられるのか、とも聞いてきた。
しかしその少年の問いに何一つとしてテレサは答えることができない。
「教えてください、姉様……つ 僕は、まだ、兄様や姉様と一緒にいたいです……!」
姉さま、と重ねてソーンは問うてきた。
「ソーン……」
苦しくなって、テレサは表情を歪める。
今中途半端な嘘などテレサには思いつかない。当然、命を失う可能性すらあるのだ。
「僕、はっ……」
ソーンも自分も、もしかしたらアダムも命を失うかもしれない、
そう考えた時、テレサにも分かることが一つだけあった。
「……ソーンが、アダムさんやわたしと一緒に居たいと本気で願うなら、きっと大丈夫です。
必ずわたしとアダムさんがあなたを守る」
ソーンが少し上目遣いにテレサを見てきた。
「女王陛下もあなたを認めて、信じてくださったから、グラナートをあなたに任せたのだと思います。
それにあなたは、王宮騎士団長アダム=ユーリエフの弟です。
グラナートに打ち勝って“兄様”のようにかっこよくみんなを守ってください」
それを聞いて少年の目に光が宿るのを感じる、強い子だな、とテレサは思った。
国を守るという責任をその小さな体に背負おうとした覚悟も。ソーンが魔導書を抱いていた腕に力を入れる。
「あなたが今持っているものも、もう楽譜ではなく魔導書なのでしょう?」
きゅ、とソーンが魔導書を抱きしめると。兄と同じ金色の目でテレサを見た。
「はい……!」
その初めて聞くようなはっきりした返事に、ソーンの体がひとまわり大きくなったような感じがした。
それを見てテレサは少し笑う。
「わ、笑わないでください! 僕だってやればできるんですからっ……!」
テレサは「すいません」と首をゆるゆると左右に振った。
「今、とってもかっこよかったですよ。ソーン」
「っ……」
かあっ、とソーンが頬を赤くするのが分かった。やがて徐に彼はテレサの手を取る。
「で、でも。その時はずっと一緒に居てくださいね」
「はい」
「絶対ですよ」
はい、とテレサは同じように返事をしたのだった。
あっという間にグラナート封印予定の前日となった。
グラナートの眠りの制御も、ソーンの調子も思ったより安定しているようだ。
テレサは自分のそばで眠っているソーンの頭を撫でる。来るだろうな、
とは思っていたがその通りで、少し安心している自分がいた。
部屋にノックの音が響いた。
『テレサ様、いらっしゃいますか』
扉の向こうからアダムの声がした。テレサが返事をし、
扉を開けるとその向こうで待っていたアダムが頭を下げる。
「遅くにすいません」
「……いいえ、構いません」
アダムの柔らかく響く声が、テレサは好きだった。
「ソーンは……」
「ええ、居ますよ。もう寝てしまいましたが。どうぞ」
アダムには暖炉の前のひじ掛け椅子に掛けてもらい、
自分はベッドに腰かける。話は自然とソーンの方へ流れる。
「ソーンが……、すいませんまた弟がご迷惑を……」
そんな、とテレサは首を振った。
「怖いのが、当たり前です。……というか、むしろソーンが怖がらなくなる方が心配でした」
まだ怯えたり、悲しんだりする余裕がソーンにあって、それはそれでよかったかなと思うのだ。
「そういうものなんですね……」
アダムは眠っている弟へ視線を移す。
「……貴女は、大丈夫なのですか?」
「……え?」
「貴女も俺にサヴァイヴァーニィを封印した後、倒れたと聞いていましたので」
あぁ、とテレサは言った。
「思ったより寒かったというか、力が入ってしまったというか……。
基本的にわたしの力は自分の命を削るものではないんですよ。ただ、消えていくだけです。
封印の時もわたしのやることは魔剣や魔獣の抵抗力を最大限押さえるだけなので、
殆ど被封印者の体力やオドの量に依存する形になります」
後はもう単純にあの時のアダムへの負担が辛く、
アダムの手を放してはいけないと力が入りすぎていただけだ。
そうなんですね、とアダムは相槌をうってくれる。
やがて彼はゆっくり立ち上がると眠っている弟に近づいた。白い指がソーンの柔らかい髪を撫でる。
「ソーン……」
彼はソーンの額にキスをする。アダムにとっては唯一の肉親だ、沢山思うところがあるのだろう。
テレサは力が消えてしまえば、普通に自分の家に帰って終わりなのだが。
この国の未来を守る覚悟を決めた兄弟は、命が尽きるまでずっとそれを背負っていく事になる。
自分はこの兄弟に一体何をしてあげられるのだろう、と思った。
「テレサ様、明日はグラナートの封印に私も同行させていただきます」
その理由はグラナートが暴走した際に、サヴァイヴァーニィを持ったアダムがそれを止めるためだ。
ただしソーンやグラナートを傷つけるという方法をとって。
それをさせないようにするのがテレサの役割だった。
「どうか、弟を……ソーンをお願いします」
「……はい、必ず」
できる限りはっきりした声で返事をしたつもりだった。
身の引き締まる思いだ。テレサは服の陰で拳を握るのだった。